ワクチンの議論で見えた「限界と課題」とは COVID19で変わるファクトチェック:ふたつの国際会議から (下)【奥村信幸】


冒頭画像:Global Fact8で調査結果についてプレゼンするトム・ローゼンスティール(右下)、上は聞き手のマーク・ステンセル デューク大リポーターズラボ共同理事長(2021年10月24日早朝 日本時間)

 ファクトチェックをめぐる最新のトピックを2つの国際会議の議論から紹介しています。

 ひとつは、9月29日と30日(日本時間)に行われた「APAC Trusted Media Summit(アジア太平洋地域 信頼できるメディアサミット)2021(以下「APACサミット」と表記)」、Googleニュース・イニシアチブ主催のイベントです。アジア太平洋地域の約60の国からジャーナリスト、NGO、メディア研究者などが参加しました。

 もうひとつは、10月20日から23日(日本時間)に開かれた「Global Fact 8(グローバル・ファクト・エイト:以下「Global Fact 8」)」という世界のファクトチェッカーや、ディープフェイク対策の専門家やAIの研究者らが中心となる会合です。アメリカのフロリダ州に本拠地を置くIFCN(国際ファクトチェック・ネットワーク)が主催する、この分野では最も先進的で影響力のあるものです。

 3回目は新型コロナウィルスのワクチンをめぐる話題です。ワクチンの接種が世界的に進む一方で、接種を拒んだり、ためらったりする人も、かなりの数にのぼります。しかし、ワクチンに関するミスインフォメーションを発見し、ファクトチェックを今までの方法で行い、科学的なエビデンスを示しても、ワクチン接種をしたくない人たちの気持ちを変えられないという「限界」に直面しています。

 一般の人々=ニュースの消費者が、ファクトチェックを行うメディアの「ジャーナリズム」に対して、どのような理解をしているのでしょうか。ニュースメディアの側がそれを正確に理解してアプローチしなければ、ファクトチェックそのものが理解してもらえないのではないかという問題です。

ワクチン接種をめぐる新たな課題

 ふたつの国際イベントで扱われた話題の中心は、何と言っても新型コロナウィルスとワクチンについてでした。感染症や公衆衛生の専門家を単にエビデンスを得るリソースパーソンを超えて、ミスインフォメーションの発見や、ファクトチェックの対象についての優先順位を得るなど、どのようにして密接に連携を取っていくかなど、活発な議論がありました。

 ここでは、新たな課題についてお話しします。それはファクトチェックという活動が当初想定していなかった問題かも知れないものです。

 「現在の医学的なエビデンスを総合すると、新型コロナの症状を悪化させない予防のためには、多少の副反応があっても、ワクチンを接種することが一番合理的であるというファクトチェックをしても、ワクチン接種をためらう人を説得する材料になり得ていないのではないか」

 という問題提起です。いくつかのセッションのパネリストらから何回か耳にしました。私も日本で見聞きした例を挙げて、APACサミットのセッションで報告しました(英語ですが、こちらからご覧になることができます)。

ファクトチェックが議論の材料にならない

 ワクチン接種をためらっている人に対するコミュニケーションの方法として、医療関係者らに広くアドバイスされているのは、「とにかく、その人の話をまず聞いてあげよう(Just listen.)」という考え方です。ためらう原因になっている不安などを共有し、寄り添う中で、その人が「ワクチンが有効だという主張にも耳を傾けてみようかな」と思い立つまで待ってあげましょうということです。

 ワクチンに関するファクトチェックもそのような考え方にならって、発信の際に注意するポイントなどの情報も共有されています。あざけりのニュアンスを含むような言葉を一切使わないとか、感情を刺激する画像などの使用には最大限注意をするとか、ソーシャルメディアのプレゼンスを活発にして、質問などをなげかけやすい環境を作るなどです。(ファーストドラフトでは、オンライン講座のアーカイブや、クイックガイドなどを提供しています。)

ファクトチェックは「冷たい」のか

 これまでのファクトチェックでは、反論を許さないような、「動かぬエビデンス」を示すことを重視してきました。また、理解しやすくするために「レーティング(「部分的に正しい」「ミスリーディング」「真っ赤なウソ」など)」という、情報の不正確さの指標を導入してきました。しかし、そのような「論理的な正しさ」や、「わかりやすさのための単純化」が、かえって断定的で冷酷なイメージになってしまう恐れも指摘されています。

 ワクチンの問題は極度に政治的になったり、人種や貧困などの問題と結びついたりしやすいものです。国によってどのような社会的なグループが強い感情的な反応を示すかがバラバラで、共通の対策がとりにくいのも事実です。しかし、これまで「定型」とされてきたファクトチェックの記事やコンテンツのプレゼンテーションのしかたに、何らかの改良を加えることを考えなければならない事態が起きています。

 新型コロナとは、世界はこれからしばらくの間、付き合っていかなければなりませんし、科学的な知見が追いつかない、新たな脅威が出現したり、政治的な問題と結びついて深刻な社会不安を引き起こすような新しい事態が発生しないとも限りません。

 ファクトチェックを受け取る人の声を聞き、どうして信頼してもらえないのか、判断のよりどころとなるにはどこが弱いのかを理解し、表現や伝え方などをバージョンアップする作業が求められていることが確認されたことも、これらのイベントの特徴のひとつであると思われます。

 これは、ミスインフォメーション対策/ファクトチェックを超えて、ジャーナリズム全体の問題として考えていくべき問題のように思えます。ファクトチェックやニュースが、ワクチン接種をためらう人を包摂する社会的な対話に、いかに貢献できるのかという、大きな課題です。

まずは「厳しい実態」を知ることから

 これはかなり重大で広範な問題ですし、ブレークスルーになるようなアイディアが披露されたわけでもありません。しかし、どのように取り組んで行けばいいのかという「ヒント」になり得るセッションがあったので紹介します。

 「ヒント」というと、「大きなプラス」のようなニュアンスもありますが、そうではありません。この問題に取り組むために、ファクトチェックに関係する人たちが認識しなければならない「厳しい現実」の認識が共有されたと言った方が正確かもしれません。「ニュースメディアが掲げてきたジャーナリズムの価値はあまり共感されていない」ことがわかったということです。

 21世紀に入って新聞やテレビという伝統的なメディアの利用者が減っており、ビジネスとして立て直すのは容易ではないという認識はありました。しかし、ニュースやジャーナリズムという、民主主義にとってなくてはならないものに対する「ありがたみ」は理解されていると信じられてきました。

 ファクトチェックも、健全な世論の形成を邪魔するミスインフォメーションを抑止するという公共性が高い活動であるから、大部分の人が理解して、支援しているはずだという共通認識があったのではないかと思われます。

 しかし、そのような「希望的観測」が甘かったのではないかという、ショッキングなデータが紹介されました。

ジャーナリズムの価値が理解されていない

 Global Fact 8 の最終日、10月23日の一番最後のセッションに登場したのは、世界で有名なジャーナリズムの教科書『The Elements of Journalism(ジャーナリズムの原則)』 (第4版が2021年10月に出たばかりです)の著者のひとり、前アメリカン・プレス研究所(American Press Institute)理事長のトム・ローゼンスティールでした。

 APIがシカゴ大学のAP通信-NORC(National Opinion Research Center)という調査機関と合同で、2019年末から2020年夏にかけて、3000人近くのアメリカのすべての州から選ばれた人に対しニュースの価値に関する詳細なアンケート調査を行ったものです(英語ですが、調査の内容やデータはこちらにあります)。

 その結果、「ジャーナリズムの根本的な価値」として、メディアがニュースの消費者と共有されてきたと信じられていたことが、それほど共感や支持を得ていなかったことがわかりました。

「5つの価値」はどう評価されたか

 ローゼンスティールらのプロジェクトチームはジャーナリズムの価値として以下の5つを選び、アメリカの51州の18歳以上の市民2700人あまりに、どの価値観に共鳴できるかを聞きいたところ、次のような結果になりました。(%は「何パーセントの人が『そう思う』と回答したか」ということです。)

  1. Factualism 事実を尊重すること(人々はより多くの事実を知る方が社会にとって好ましい):67%
  2. Giving the voice to less powerful 声なき人の声を代弁すること(通常では届かない人の声を聞くことは大事):50%
  3. Oversight 権力の監視(社会で力を持つものは注意深く見守る必要がある):46%
  4. Transparency 透明性(ものごとがオープンである方がよい社会である):44%
  5. Social criticism 社会的な問題意識(社会の問題に注目すれば解決が容易になる):29%

(訳は、すべて筆者による)

 

 これらはすべて、ジャーナリストが仕事を続けていくための「よりどころ」とされてきたものです。しかし、一項目を除いて、2人に1人の共感も得られていないことが判明したのです。調査報告は以下のように厳しい表現で説明しています。

 「ジャーナリストたちが、自分たちの仕事をしているのだと言っても、問題はその仕事がどのようにあるべきかという問題について、多くの人が疑念を抱いているということなのだ」

 ジャーナリズムの5つの価値を重視した人は、すべての項目で民主党支持層が共和党支持層の2倍以上になっていました。

背景に倫理的な価値観

 ローゼンスティールらは、ジャーナリズムの価値に対する低い共感の原因を探るため、これらの人々が大事にしている、倫理的な価値観のうち、何を重視しているかを探りました。

  • Care vs. harm 配慮と害悪(他人を大事に思い、守ろうとすること)
  • Fairness vs. cheating 公正と不正(正義、平等、相互利他主義)
  • Loyalty vs. betrayal 忠誠と裏切り(愛国心、集団の利益のための自己犠牲)
  • Authority vs. subversion 権力者と権力の失墜(社会的な階層とリーダシップの尊重)
  • Purity vs. degradation 純粋さと堕落(宗教的善の神聖さ、高潔、品位)

 

 民主党支持層の中ではA.を選んだ人が比較的多いのに対し、共和党支持層では、C.とE.を選んだ人が圧倒的に多いことがわかりました。しかし、政治的立場以上に、倫理的な価値観とジャーナリズムの価値観との強い相関がある項目があることがわかりました。

 A.とB.を重視すると答えた人ほど、ジャーナリズムの価値を支持し、C.とD.を重視すると回答した人ほど、ジャーナリズムの価値に懐疑的であることがわかったのです。

 このプロジェクトでは、アメリカの大衆はジャーナリズムに対する態度について、4つのグループに分類されると結論づけています。

  1. The Journalism Supporters(ジャーナリズムの価値観を楽観的に信じている。リベラル、白人、最終学歴が高い): 20%
  2. The Upholders (ニュースのヘビーユーザーだが、ジャーナリズムより愛国心などを重視、保守系と共和党支持者が大部分、倫理的な価値C)とD)を重視):35%
  3. The Moralists(ジャーナリズムの価値を熱烈に支持する。人種的に多様、比較的高齢):23%
  4. The Indifferent(ニュースにも、ジャーナリズムの価値にも関心が薄い):21%

 

 アメリカ人の2人に1人に対して、ニュースへの支持と共感を増すような働きかけが、ジャーナリストやファクトチェッカーに求められていることだという、新しい課題です。

「切り口」を変え、倫理的価値観を刺激

 プロジェクトチームは、解決策のヒントを探るため、調査した人の中からすべての項目に回答した約1400人を選び、同じ事実を使った2つの記事を3つのトピックで読み比べる実験を行い、それぞれ、どちらの記事の方がいいと思うかと聞きました。

 例えば、地域の環境汚染についてのニュースでは見出しが以下のように変わりました。

 ・オリジナル・バージョン
  「危機に瀕した貧困地域に新たな飲料水の危険が迫る」

 ・改訂バージョン
  「地域の危機的状況は行政が軍の研究結果を無視した結果」

 英文の記事は、こちらで全文を読むことができます。オリジナルでは、「水質汚染の深刻さ」に注目していたストーリーを改訂し、事態をより深刻な事態にしてしまった原因が、軍が地方政府に伝えてきた汚染の状況を、すばやく周知しなかったことにあるという「背景の分析」に焦点を移したということです。

 そうすると、倫理的な価値観のA.、B.、C.、D.を選んだ人すべてで、改訂版の方がいい記事だと答えた人がオリジナル版の方がいいと思うと答えた人よりも、それぞれ2倍程度にまで増えたことが確認されました。改訂版は、倫理的価値観のC.とD.、つまり政府の運営のしかた、公務員が業務に忠実かどうかなどの問題にこだわって書かれたものだからです。

これからのファクトチェックに向けて

 ローゼンスティールは、この調査から「ジャーナリストやファクトチェッカーは『ジャーナリズムの価値は普遍的ではない』ことを心に留め、ストーリーの選択や切り口を工夫して、信頼を高める努力をすべきだ」と結論づけ、ファクトチェッカーに対し、以下のようなアドバイスをしました。

  • 「ファクトチェック記事の『結論を伝える』形式が、ジャーナリストたちの役割を、形式的で狭苦しいものに押し込めてしまっている」ということを認識すべきである。
  • どうしてこの言説はファクトチェックの対象にならないのか、例えば単なる意見や論争であることなどを積極的に、定期的に説明するべきである。
  • 政治家にスポットを当てるのではなく、論点にスポットを当てたファクトチェックを目指すべきである。
  • ニュアンスと明快さの緊張関係を認識するべきである。

 最後の項目などはまさに、ワクチンについてのファクトチェックが受け入れられるように変えて行くために必要な観点であると思われます。

 ファクトチェックの表現方法や、その問題を選んだ理由などの説明などの発信が大きく進化していく強い予感を感じたセッションでした。

(終)

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著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
1964年生まれ。上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。