写真:グローバル・ファクト7 で、IFCNの公認ファクトチェック団の基準について説明する綱領改革責任者のカンリフ=ジョーンズ氏(セッションのYouTubeより)
6月22日から30日までオンラインで開催されていた、世界のファクトチェッカーの情報・意見交換のイベント、グローバル・ファクト7(Global Fact 7;以下「GF7」と表記します)から、興味深いポイントをピックアップして紹介しています。今回はファクトチェックの信頼の基盤を強化する動きについて解説します。
「ファクトチェック綱領」はこうして生まれた
国際ファクトチェック・ネットワーク(IFCN: International Fact-Checking Network)では、ファクトチェッカーとファクトチェックの内容が、誰に対しても信頼できるように「Code of Principles(FIJでは理解しやすいように「ファクトチェック綱領」と訳しています。以下「綱領」と表記します)」を定めています。
IFCNによるグローバル・ファクトの会合は2014年にロンドンで開かれたのが最初です。ファクトチェックの対象も政治家の発言から、地元の伝説から生まれた迷信のようなものまで多岐にわたり、検証の方法もさまざまであったため、2年余りをかけてファクトチェッカーとしての要件や情報の検証方法などの統一基準を作りました。FIJのホームページにある翻訳版を紹介します。
1. 非党派制・公正性(A Commitment to Non-partisanship and Fairness.)
2. 情報源の透明性(A Commitment to Transparency of Sources.)
3. 財源・組織の透明性(A Commitment to Transparency of Funding and Organization.)
4. 方法論の透明性(A Commitment to Transparency of Methodology.)
5. 明確で誠実な訂正(A commitment to Open and Honest Corrections.)
このような基準がどのような議論を経て制定されたのかなどの経緯は、日本ではじめてのファクトチェックの本格的な入門書としてFIJの立岩・楊井両理事が書いた『ファクトチェックとは何か』(岩波ブックレット)に詳しく載っています。
「しなければならないこと」と「してはいけないこと」を明示
GF7では、その内容がより具体的になりました。例えば「特定の党派に偏らない(non-partisan)」と言っても、単なるスローガンにしかなりません。ファクトチェックは実践が命です。日々活動しているファクトチェッカーが公平公正な情報の検証を行っていることを保証するために、「何をしなければならず、何をしてはいけないのか」という項目を整理し、適格性の審査過程や結果も公開することで信頼を強化しようとしています。
IFCNの綱領改革の責任者、シニア・アドバイザーのピーター・カンリフ=ジョーンズ氏(彼は2012年に南アフリカでスタートしたアフリカ大陸最初のファクトチェック団体、「アフリカ・チェック(Africa Check)」の創始者です)は、細目を追加しての審査を行う制度の導入を決めた経緯を、「ファクトチェッカーが機能する『社会的な文脈が変化した』」と表現し、以下のようなポイントを挙げて説明しました。
・世界各地でファクトチェックが行われているが、政治制度も社会情勢も多様である。民主主義とは言っても、二大政党制、一党が非常に強力、多くの党が連立を組んで政権を担うなど、さまざまな形がある。民主主義的なプロセスを拒否している国もある。
・従って、ファクトチェック団体にも政治情勢によって「活動の重点」に大きな違いがある。政治家の発言に重点を置くところ、ネット上のミスインフォメーションなどのベリフィケーション(検証)に重点を置くところ、最近は両方を同時に行わなければならない所も増えている。
・IFCNに承認されたファクトチェック団体を装い、実態は政党や政治家が運営したり、資金援助をしたりしている団体が数多く出現している(イギリス、メキシコ、チェコ、スウェーデンなどで確認されている)。
・ファクトチェッカーや団体の適性を判定する「審査担当者(アセサーassessor)」が政治的な攻撃やソーシャルメディア上での「炎上」行為、物理的な暴力の危険にさらされるという「敵対的な環境」で仕事をしなければならない事例が増えている。
・ファクトチェック団体と、母体となる報道機関の間で、情報の検証を行う基準に齟齬が生じている事例が増えている。
・世界的にファクトチェックが広く認知され、影響力が高まっている。信頼を確実に得るために、一般の人も理解でき、IFCNを通じてパートナーとなっている世界のファクトチェック団体同士がチェックし合うことができる基準が必要である。
カンリフ=ジョーンズ氏は「信頼(trust)」という言葉を何度も繰り返し、その根拠として「綱領」が存在し、「ファクトチェック団体がどのようなルールに基づいて機能しているのかを客観的に理解できる」ことが必要だと訴えました。
「シグナトリー(Signatory)」が得る信頼とは
現在IFCNの綱領に沿った活動をしていると評価されたファクトチェック団体は「シグナトリー(Signatory)」と呼ばれる公認団体として、IFCNのエンブレムを表示することが許されています。この4年余りの間に、世界で90を越すファクトチェック団体が公認されました。(綱領が更新されたため、2020年7月15日現在、シグナトリーは78団体。団体のリストはこちらで見ることができます。)
しかし、カンリフ=ジョーンズ氏は、従来の綱領では、評価の基準があいまいであることと、綱領違反が見つかった場合に是正を迫ったり、シグナトリーの公認を取り消したりするなどの手順が定められておらず、「客観的な基準」としての項目が不足していたと説明しました。
綱領見直しのポイントとして「公正で一貫性のある(fair and consistent)」ものにするため、ファクトチェックの対象とする言説が「公共の関心事(public interest)」に絞られ、その選択に継続性があることが必要だとしています。
ファクトチェックは、特定の政治的な主張ばかりを「粗探し」すると誤解されることが、よくあります。その原因として、しばしば指摘されるのが、「見ーちゃった文化(Gotcha Culture)」と呼ばれる、突然何らかの言説を拾い上げてファクトチェックをし、時に政治的な批判の材料にするようなやり方です。カンリフ=ジョーンズ氏は「このような文化を廃絶しなければならない」と力説し、コンスタントにファクトチェックを行い、バランス良く発信することの重要性を説きました。
資金源から内容まで厳しいチェック項目
新しい綱領では、従来の5条件はそのまま維持されましたが、実践の条件は12から31に増え、「やらなければならないこと」がより具体的になりました。例えば、綱領の3項目めに規定されている「財源・組織の透明性」の項目には5つの細目が加えられ、「運営資金全体の5%以上を提供している企業や組織はすべて公開」など、明確に判定が可能な基準を設けました。
31すべての実践条件を含めた全体の翻訳は追って公開しようと思います。ここではファクトチェック団体の信頼の根拠として、強化されたポイントを何点かまとめておきます。
①ファクトチェックの対象は「公共の関心事」と明記され、審査の際には、実践内容を一定期間まとめ、総合的に審査するなど、活動の継続性を重視。
②特定の党派や政治的な影響を排除し、特定の政策的な立場もとらない基準を重視すると強調。
③ファクトチェックを行う根拠として「複数の情報源ルール」など具体的な規範を明記。
④ファクトチェック団体の経営基盤(資金提供している組織、母体となっている報道機関)について必要な情報開示項目を具体的に明示。
⑤ファクトチェックの方法の正当性を証明する条件を具体的に記述(公共の関心に基づきトピックを選ぶ、そのトピックをなぜ選択したかを明確に説明できる、但し書きとして検証に使用する情報源へのアクセス方法が明らかにされている、など)
⑥シグナトリーの審査のテスト項目を増やし(ファクトチェック記事をランダムに選んだ内容評価、ソーシャルメディア発信の内容についての評価)、審査手続きの明確化と厳格化(部分的適合はなく合否だけで結果を出す、自国の主要言語で審査の内容を翻訳して公開させるなど)。
審査する人(アセサー)の重要性
IFCNは、2019年12月にシンガポールで開かれた、「アジア太平洋地域の信頼されるメディア・サミット(APAC Trusted Media Summit)」で綱領の改正方針を発表、2020年春に細目を定めた新しい基準を公表、現在のシグナトリーとなっている団体に、新基準に基づいた申請をやり直し、資格を更新するように求めています。GF7のこのセッションは、綱領について周知するとともに、シグナトリー団体に対する説明会でもありました。
厳しい基準に基づく再審査には、適合しているかを判断する、審査担当者(アセサー)の役割が非常に重要となります。IFCNはアセサーに対する強力なサポートを何度も強調していましたが、その理由がいまひとつわからずにセッションを聞いていたのですが、やがてその謎が解けました。
セッション中のYouTubeのチャットで「アセサーの物理的な安全や、審査対象のファクトチェック団体からの報復に関して、IFCNにはどのように保護してもらえるのか」というコメントが複数出ていました。
アセサーは世界のファクトチェック団体のメンバーか関係者が務めますが、いくつかの国では先述した「敵対的な環境」の中で活動している人もいます。ファクトチェックは時に命の危険と闘いながら行う作業であるという厳しい現実を垣間見た瞬間でした。
日本のメディアもまず常勤ファクトチェッカーを
この原稿を書いている2020年7月15日現在、シグナトリーの更新を終えたか、あるいは更新の審査中のファクトチェック団体は、世界に92あります。そのうちアジア太平洋地域では、インドに12、インドネシアに6、フィリピンと台湾にそれぞれ2、韓国とオーストラリアに1つの団体が登録されています。
日本にはIFCNのシグナトリーとなっているファクトチェック団体も、ニュースメディアもありません。
FIJはファクトチェックを「推進する団体」であり、現在は自らファクトチェックを行っていないため、シグナトリーの資格はありません。
世界的にニュースメディアへの不信感が高まる中、ファクトチェックを行うメディアの信頼は、国際的に通用する規範を有するプラットフォームを通じて、相互に強化し合い、技術を共有して高め合う形を目指しています。
FIJは2020年1月から新型コロナウイルスに関して、メディアパートナー等による国内の検証記事を集めてデータベースにしています。すべてのミスインフォメーションをカバーできているわけではありませんが、それでもすでに100件近い項目があります。中には場合によっては命にかかわるような被害を生じる恐れがあると思われるものも含まれています。ミスインフォメーションが社会に大きなダメージを発生させる事態がいつ起きてもおかしくないのです。
日本のメディアも、そろそろ常勤のファクトチェッカーを設け、国際的な動きに本格的に追いつく具体的な行動を始める時ではないでしょうか。
奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)
武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。