信頼されるメディアサミット報告(上) メディア間協力でファクトチェック推進【奥村信幸】


 12月7日から9日まで、シンガポールで行われた”APAC Trusted Media Summit”(「アジア太平洋地域・信頼されるメディアを目指すサミット」)に参加しました。ファクトチェックの分野では世界で指導的な役割を果たしているファーストドラフト(First Daft News)と、グーグルニュースラボ(Google News Lab)の主催で、アジア太平洋地域諸国のメディア、ファクトチェック団体、研究者らが集まりメディアがいかに読者やユーザーからの信頼を確実なものにできるか、様々な角度から意見交換するイベントです。
 細かい内容や専門的な議論は今後少しずつご紹介していく予定ですが、ファクトチェックや事実の検証の結果を受け取る「ニュースの消費者」にも直接関係がある論点や、私が発見した課題などを7つ共有します。前半はそのうちの4つについて説明します。

(1)常勤「ファクトチェッカー」の必要性

 このイベントには、アジア太平洋地域の28カ国から275人が参加しました。日本からの参加者で、メディアの中で直接ニュースの仕事をしている人は沖縄の「琉球新報」と「沖縄タイムズ」の2記者だけでした。

 私の知る限り、「ファクトチェッカー」という役職で仕事をしている記者やディレクターは日本のメディアの中にはいません。しかし、ファクトチェックは単なる記者の取材活動の中で行われる、一般的な意味での検証作業にかなりの専門的なスキルの上乗せが要求される仕事です。有害でバイラルに拡大し、大きな社会的な影響を及ぼす可能性がある情報をいかに見極めるか、そしてメディア側からどのような発信をして拡大を食い止めるかという能力は、選挙など大きなニュースイベントの直前に、にわかに手を付けても間に合わないと、私もメディアで仕事をした経験から強く思いました。

各国の情勢報告に登壇した筆者

(2)メディア間のコラボも世界的な趨勢

 国の将来を左右する大規模な選挙の際には、メディアどうしが協力してファクトチェックや検証を行う事例が増えてきました。民主主義では、人々が正確な情報に基づいて政治的な選択ができるようにすることがニュースメディアの重要な役割ですから、時に洪水のように発生することが懸念される、ミスインフォメーション/ディスインフォメーションを食い止めるには、単一のメディアの能力では限界もあります。

 2014年のインドネシアのCekFakta、2017年のフランス大統領選挙でのCrossCheck、2018年のブラジルの大統領選挙でのcomprovaなど、世界では大規模な例だけを見ても、メディアどうしが協力する実績が積み上がっています。

 日本のニュースメディアは、そもそも他社のニュースを引用して、その「上乗せ」の情報を報道するということをしてきませんでした。むしろ、あたかも他社の「特ダネ」などなかったかのように、その日の夕刊で後追い記事を、小さな扱いで出したりしてきました。1社しか取材できない独占インタビューでも、その内容に直接リンクを張るような、欧米では当たり前のように行われている「ニュースの補完」にも積極的ではありません。

 そのような背景もあって、日本ではファクトチェック分野でも、メディア間の協力はなかなか進んでいません。イベントの冒頭セッションで各国の状況についてのプレゼンテーションがあり、筆者は日本のこのような状況を、「桜を見る会」をまつわる疑惑追及を例に説明しました。(そのもようは、琉球新報沖縄タイムズで伝えられています。)

 本来はIFCN(International Fact-Checking Network: 国際ファクトチェック・ネットワーク)の基準に基づいたファクトチェックや検証であれば、メディア間でシェアできる情報であるはずです。そのような協力があれば、「桜を見る会」の真相究明も、もう少し進んだのではないかと思われると報告しました。

(3)「フェイクニュース」という用語はもうやめよう

 キャッチーでわかりやすい用語として定着した感のあるこの言葉ですが、少なくともファクトチェックやジャーナリズムの信頼を議論するコミュニティでは、この言葉を使うのを控えた方がよいという考え方が優勢になりました。この言葉が高度に政治的な意味合いを帯びてしまったことによります。

 2019年11月30日付のニューヨークタイムズの論説委員会による記事「自由な報道について、誰が真実を伝えるのか(Who Will Tell the Truth About the Free Press)」に出てくる調査によると、アメリカのトランプ大統領は、2016年11月の選挙で勝利が決まって1週間後、CNNを「フェイクニュース」とツイートして以来、この言葉を月に何回ものペースで発しています。これまで3年余の間に、トランプ大統領に影響されて、少なくとも世界40カ国の政治的なリーダーが、気に入らないメディアに対して「フェイクニュース」と攻撃してきたことが確認されています。

 記事は「政府と市民が共通の価値に基づいた一連の事実を共有できない世界になったら、強い者だけが栄えてしまう」と警告しています。政治的なリーダーが、ジャーナリズムが伝えた一連の事実を、事実として認め、それを前提に市民とともに社会を築いていくことが民主主義の原則です。政治的なリーダーたちが、そのような前提でメディアが検証した事実を「フェイクニュース」と一方的に決めつけて、攻撃を強めているような状態では、「フェイクニュース」という言葉は、もはや使うことはできないという考え方です。

ファーストドラフトによるミス/ディス/マルインフォメーションの定義

 ファーストドラフトやIFCNでは、その代わりに以下の用語を使うことを推奨しています。ファーストドラフトは以下のように分類しています。

①ミスインフォメーション(misinformation)
 意図したものではない間違い、不正確な写真の説明など。あるいは風刺や皮肉の表現を実際に起きたものと解釈してしまうこと。
②ディスインフォメーション(disinformation)
 でっち上げや巧妙に偽装された音声やビジュアルのコンテンツ。意図的に仕組まれた陰謀論やうわさなど。
③マルインフォメーション(malinformation:malは悪とか不良とかいう意味)
 個人や企業の利益のためにプライバシーなど個人的な情報を公表すること。故意にオリジナルの情報の文脈や日時などを変えること。

 重要なのは、その情報が、①〜③のどれにあたるのかを正確に分類することではなく、間違いや意図的にねじ曲げられた要素がその情報の中にないかを発見したり、その情報が人を傷つけたり、誰かがいわれのない非難を受けたり、襲撃されたりする恐れがないかどうか、注意深く検討するという姿勢です。

(4)スピードの重要性

 ミス/ディスインフォメーションはソーシャルメディアを介して、時に急速に拡散することがあります。それに対して、ニュースメディアが、それをいち早く捕捉し、正しい情報を効果的に発信して、被害を食い止めるスキルも急速に進歩しています。

 なぜそんなにスピードが重要かというと、日本ではまだそのような事例はありませんが、ミス/ディスインフォメーションによって集団ヒステリーが発生するなどの事態になると、時に人の命が失われることもあるからです。

 2018年11月12日にイギリスのBBCが伝えたメキシコでの事件では、マーケットに買いものに行ってトラブルを起こし、警察に呼ばれたおじとおいが、子供の人身売買組織の一員であるとのうわさがWhatsAppというソーシャルメディアで急速に拡大し、群衆が警察署前に押しかけ、建物から出てきた2人に激しい暴行を加えてガソリンで火を付け殺してしまいました。

 ファクトチェッカーには、社会に急速に拡散する誤情報をいち早く発見し、それが大きな害を引き起こす恐れのあるものかをいち早く判断し、効果的に間違いを訂正し、被害の拡大を食い止めるという役割が求められています。 ソーシャルメディアでどのような情報がシェアされたり、拡散されているのかを監視するためにcrowdtangleなどのツールの活用が一般的になっています。(続く)

(冒頭写真:サミットの会場となったグーグル シンガポール=筆者撮影)

著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。