市民と連携して偽情報と闘う 台湾のファクトチェックの多様な取組み【池雅蓉】


(写真:中華テレビ(CTS)のファクトチェック番組「打假特攻隊」を率いる黃兆徽氏)

 10月5日、6日、台湾で行われた「2019年亜洲事実査核専業論壇」(Forum on Fact-Checking in Asia 2019)に私も参加した。このフォーラムでは、台湾にある4つのファクトチェック団体・メディアの取り組みが紹介されたので、その概要を報告することにしたい。

市民の力で作ったチャットボット ―― Cofacts真的假的

 Cofacts真的假的(以下「Cofacts」という)は、偽情報、誤情報に関心があるエンジニアと市民が運営しているライン(LINE)のチャットボットだ。チャットボットとは、人間が入力するテキストや音声に対して、自動的に回答を行うシステムをいう。実は、台湾ではラインが非常に普及しており、老若男女が日常的に情報交換ツールとして使っている。そのため、ラインでは偽情報、誤情報も広がりやすい。

 Cofactsの仕組みは、具体的には次のようになっている。

    • Cofactsのユーザーが怪しい情報を見つけた場合、Cofactsのボットアカウントにその情報を転送する。
    • Cofactsがデータベースから同種の情報に対する回答を探して、もし見つかればユーザーに自動的に回答を送信する。
    • Cofacstsのデータベースに回答がない場合、ユーザーからの情報をデータベースに登録してよいかどうか尋ね、OKなら登録する。
    • その際「なぜこの情報が怪しいと思うのか」と質問されるので、その理由も同時に送る。
    • 登録された情報は公開され、ボランティアがファクトチェックし、その結果をCofactsのウェブサイトで回答する。
    • データベースは公開され、質問や回答のデータは誰でも見られる。

 つまり、Cofactsは市民から偽情報、誤情報の通報と市民によるファクトチェックの結果を収集し、データベース化している。それを誰でも見られるウェブサイトで公開している。これにより、台湾におけるネットで流れている偽情報、誤情報の特徴や時間帯などを分析することができるという。

Co-factsの発表資料

 Cofactsは2016年10月に非営利のボランティア組織として発足し、2017年から「g0v公民科技創新奨助金」が運営している。他のファクトチェック団体と違い、ファクトチェック記事を書くわけではないが、エディター(編輯)と呼ばれるボランティアたちが市民から通報した情報について関連する情報がないかを調べ、情報の真偽を答える取り組みだ。現在エディターとして登録された参加者は約500人で、2万8千件以上の情報をチェックして回答した。

 フォーラムで発表したメンバーの李比鄰氏によると、2019年9月現在、チャットボットのユーザーは14万人以上が登録しているという。今年7月にはライン台湾と連携し、ファクトチェックパートナーになった。Cofactsは過去のファクトチェックの結果を「ライン訊息査証」というアカウント(チャットボット)のデータベースで共有している。

 李氏は、このような仕組みのために市民の力を必要としていると強調した。しかし、悪意を持っている人は当然ないわけではないため、エディターの回答への「評価制度」も設けている。悪い評価がつくと、その回答の順位が下がる。また、2か月に1回の「エディター会」でエディターたちの交流を深める機会を設け、彼らの回答の質がより良いものになるように努めている。

市民とメディアの連携を実現するメディア ―― 讀+READr

 讀+READr(以下「READr」という)は台湾の鏡週刊(Mirror Media)傘下のネットメディアで、今は12人のメンバーがいる(記者、デザイナー、エンジニアを含む)。

 記者の李又如氏によると、READrは台湾の公共テレビ(PTS)などと連携し、2020年総統選挙の候補者(民進党の現職・蔡英文と国民党の韓国瑜の2人)を対象とするファクトチェックプロジェクトを行っている。

 2020年総統選ファクトチェックの仕組みは次のようになっている。

    • 公共テレビが2人の総統選候補者の映像資料をREADrに提供する。
    • 市民のボランティアが候補者の発言を文字起こしして、ウェブサイトから送信する。
    • READrの記者たちが文字おこしの内容を確認する。
    • READrや提携しているメディアや団体が候補者の言説をファクトチェックする。
    • ファクトチェックの結果はウェブサイトで公表している。

 このプロジェクトのレーティング基準はシンプルで、「正確」、「片面事実」(一部の事実)、「含有錯誤訊息」(誤った情報を含む)の3種類だけである。

 「候補者の発言の内容は、実に検証しにくいと思います。誤った情報とは言えないけど、一部の事実しか話さないケースが多いのです」台湾で初めて政治家の発言を対象とするファクトチェックの試みであり、李氏はこの難しさを感じている。

初のファクトチェック専門団体 ―― 台湾ファクトチェックセンター(台灣事實查核中心)

 台湾ファクトチェックセンター(以下「TFC」という)は、2018年7月に発足した。台湾優質新聞発展協会と台湾媒体観察教育基金会という二つの非営利団体が共同で設立した、台湾で初めて専門的なファクトチェック団体である。同年11月には国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)の正式メンバーに加盟した。

 SNSとの連携も進んでいる。2019年6月にフェイスブックのファクトチェックパートナーになった。TFCが問題がある情報やニュースをフェイスブックに通報すると、問題がある投稿の順位が下がる。また、TFCが提供したファクトチェックの結果がフェイスブックユーザーに表示されている。

 同年7月にはライン台湾のファクトチェックパートナーになり、市民が「ライン訊息査証」に送った情報をもらい、ファクトチェックを行っている。また、TFCのファクトチェック記事も「ライン訊息査証」のウェブサイトに掲載されている。

 レーティング基準は「正確」、「錯誤」(誤り)、「部分錯誤」(一部が誤り)、「事実釐清」(事実を明らかにする)の4つである。

 現在、編集長の陳慧敏氏を含め、4人のファクトチェックチェッカーがいる。毎日1本の記事を掲載することにしており、9月23日現在の記事数は169本であった。カテゴリーは幅広く、政治/政策、健康医療、科学、食品安全、環境、交通なども含まれている。その中で、一番多いカテゴリーは健康医療に関するファクトチェックだという。

 陳氏は、台湾のメディアが経費削減のため、情報源を確認せずに、そのまま記事を書いて、不正確な情報になってしまう問題があると指摘する。そのため、ファクトチェックの役割はますます重要になる。多くの偽情報の情報源は、中国で使う簡体字のウェブサイトだという。陳氏は「毎回の検証結果は学術論文みたいだけど、ファクトチェックは厳密にやらなければなりません」と話している。

 これから2020年総統選挙に向けて政治分野のファクトチェックにも力を入れていく方針だ。(TFCのファクトチェック記事についてはこちらも参照)

TFCと連携し、ファクトチェックを映像化するメディア ―― 中華テレビ「打假特攻隊」

 中華テレビ(CTS)は台湾の三大テレビ局の一つである。ニュース部門(新聞部)のトップである黃兆徽氏は、台湾ファクトチェックセンター(TFC)の初代編集長であり、2019年4月に中華テレビに移籍した。したがって、当然、台湾ファクトチェックセンターと連携する関係にある。

 黃氏は夜7時のニュース番組で「打假特攻隊」(「偽情報を打ち消すチーム」という意味)というコーナーを設けた。中華テレビは、TFCのファクトチェックの記事を映像化する。単に記事を映像化するではなく、独自の取材、ファクトチェックもする。黃氏は「ファクトチェックは、本当に時間がかかります。毎日1本作ろうと思ったけど、1本を作るのに平均3日かかってしまいます」という。現在は週3回から5回、ファクトチェックのニュースを作っているとのことだ。

総統選を控えた台湾 政治分野のファクトチェックは未知数

 このように、台湾でのファクトチェックは、民間のファクトチェック団体や市民を中心に展開されている。今回紹介したCofacts、TFC以外にも、MyGoPan萊姆酒吐司といった団体もファクトチェックに力を入れている。

 台湾ではSNS各社や団体・メディア間の連携がアジア地域において比較的進んでいると言える。背景には、ラインなどインターネット上で偽情報や誤情報が拡散するスピードが早く、拡散の範囲も広いという問題がある。

 他方、台湾は来年1月に総統選挙を控えているが、アジアの各国に比べ、政治に関するファクトチェックの実績はまだ少ない。台湾出身の私としては、台湾のファクトチェック団体が今回の選挙でどれだけ力を発揮できるか強い関心をもって注目している。それについては、また機会があれば報告したい。

著者紹介

池 雅蓉(Chih Ya Jung)

1990年台湾生まれ。台湾国立政治大学新聞学科卒業後、台湾の新聞「中国時報」で記者として約3年半勤務後、退職。現在、早稲田大学ジャーナリズム大学院の修士課程に在籍し、ファクトチェックを研究。NPOメディア「ニュースのタネ」編集委員。