信頼されるメディアサミット報告(下) ネットワーク上で対抗する能力の養成を【奥村信幸】


 12月7日から9日まで、シンガポールで行われた”APAC Trusted Media Summit”(「アジア太平洋地域・信頼されるメディアサミット」)に参加しました。ファクトチェックの分野では世界で指導的な役割を果たしているファーストドラフト(First Daft News)と、グーグルニュースラボ(Google News Lab)の主催で、アジア太平洋地域諸国のメディア、ファクトチェック団体、研究者らが集まりメディアがいかに読者やユーザーからの信頼を確実なものにできるか、様々な角度から意見交換するイベントです。
 細かい内容や専門的な議論は今後少しずつご紹介していく予定ですが、ファクトチェックや事実の検証の結果を受け取る「ニュースの消費者」にも直接関係がある論点や、私が発見した課題などを7つ共有します。後半は残りの3つについて説明します。

(5) 適切なプラットフォームを使い分ける能力と戦略

 ミス/ディスインフォメーションの拡散に、メディアがどのように反応すればいいのかという情報危機のシミュレーションにも参加しました。設定は、フィリピンからシンガポールを経由して、サモアに向かった乗客が、シンガポール行き機内ではしかを発疹した疑いが強いことが、同乗していた人のツイートから発覚するというところからシナリオが始まりました。

 はしかは妊娠している人がかかると重症になる恐れがあります。航空会社の確認が遅れ、反ワクチン派の人の主張や、ワクチン不足をあおる発言などが飛び交う中で、ニュースとソーシャルメディアの発信をどのように組み合わせてパニックや誤情報の拡散を防げるか、新聞やテレビ、ラジオ、ウェブメディアなどのチームに分かれて挑戦しました。私はスタッフ約6人(途中退席など出入りがあった)のウェブニュースメディアの編集長になりました。

発生したプラットフォームで「対抗」する

 そこで得られた教訓のうち重要だと思われるのは「ミス/ディスインフォメーションが特定のソーシャルメディアで拡散していることを認識したら、それを正す情報発信も、まず第一にそのソーシャルメディアを使って行う」ということです。

 シミュレーションでは、フェイスブックやツイッター、インスタグラムの他にWhatsAppというアジア諸国や南米でユーザーが非常に多いソーシャルメディア経由で、誤情報が拡がるというシナリオが展開されました。ネットユーザーは複数のソーシャルメディアを使い分けますが、それぞれ違ったコミュニティを持ち、別のつながり方をしています。バイラルに拡散しているソーシャルメディアのユーザーに向けて、正しい情報を届けることが、ファクトチェックをするメディアが真っ先にやらなければならないことなのです。

ターゲットを明確に

 急速に誤情報が拡大する場合には、分単位、あるいは秒単位の対応が求められる時もあります。シミュレーションの中では、韓国の女性ポップスターがインスタグラムで「ワクチンが足りないから、早く予防接種に行って!」とポストし、それをシンガポールの地元ネットメディアが伝え、半日後に「間違いでした」とインスタグラムで謝罪するというシナリオがありました。アジア各国で人気のアーティストで、ソーシャルメディア上ではインフルエンサーでもあるだろうと考えさせる設定だったと思われますが、彼女はシンガポールだけの問題について触れているわけではありませんでした。

 そのシナリオが展開している時にシンガポール国内では、反ワクチン運動の政治家が「予防接種をするな、そもそももう間に合わない(72時間程度で効果を発揮する可能性がある)」との主張が、フェイスブック経由で急速に拡大し、当局が懸命の火消しをしている最中でした。

 インターネットやソーシャルメディアの世界はボーダーレスになったとはいえ、私たちのチームは「シンガポールのユーザー向け」のニュースを優先するべきだと、後から気付きましたが、数分単位で新しい情報がもたらされる中で、「インスタグラムで」という、その設定では初めて登場したソーシャルメディアの動きに過剰に反応して取材リソースをムダにしてしまったようです。

 検証やファクトチェックを「誰に向けて優先的に届けるのか」、ターゲットを明確にしておく必要があります。

実力のアセスメントと求められるスキル

 私たちのチームはネットメディアだったので、本来は記事を出したら、それをさまざまなソーシャルメディアにポストして広め、多くのユーザーに届けるというのが、最も一般的な仕事のやり方です。しかし、シミュレーションでは最悪の場合、パンデミックにも発展しかねない中で、次から次へと誤情報をつぶさなければならない、追い込まれた状況になりました。

 限られたスタッフ数を考え、記事としてまとめる前の段階の取材情報でも、まずソーシャルメディアで急いで発信し、パニックを食い止めるというやり方に変更しました。自分たちのメディアの能力の限界を判断し、可能な中で最善の選択を目指すという「見極め、割り切り」の重要性を再認識しました。

 限られた時間でしたので、ソーシャルメディアで断片的な情報を発信することだけに終始し、まとまった形でのニュースは、大きなテレビ局や伝統的な新聞社からしか出てこないという状況でシミュレーションが終わってしまいましたが、ウェブメディアとしては、ともかく間違った情報に対し素早く反応することはパニックを食い止める上では非常に重要だったと思います。しかし、さらに一歩進んで非常事態の恐れがある場合には、メディアどうしで協力して、「情報の真空」を埋めるような仕組みが、やはり整備されるべきであると強く感じました。

信頼されるメディアサミットに参加したメディア=筆者撮影

(6)「読者やユーザーもネットワーク上にいる」ことを忘れない

 いくつかのワークショップでくり返し耳にした言葉が、”Audience is also networked.”(ニュースの受け手もネットワーク上にいる)という言葉です。ミス/ディスインフォメーションを受け取るのも、拡散してしまうのも、あるいは正しい情報を認識して、改めて拡散するのも、すべてネット上、ソーシャルメディアで行われることを意識して、記事の内容を変えたり、サーチエンジン対策を施さなければならないということです。

見出しの冒頭で「間違い」と表示する

 間違った情報であれば、見出しの冒頭で、それが間違いだと読む人が認識できるようにしなければ、勘違いを引き起こす可能性があるということです。日本語と英語では主語や述語の配置が異なりますが、基本的には同じことです。例えば
 (望ましくない例)「○○氏のテレビ番組での発言、『△△△〜□□□』は間違い」
ではなく
 (望ましい例①)「○○氏の間違ったテレビでの『△△△〜□□□』発言、正しくは『☆☆☆』」
とか
 (望ましい例②)「間違い注意! ○○氏のテレビ発言『△△△〜□□□』、正確には『☆☆☆』」
のような文体を取るべきだということです。特にネット上の記事コンテンツをユーザーが平均的に閲覧する時間は非常に短いため、とにかく冒頭に「間違った情報を正しているのだ」というサインを強調しておく必要があるということです。

 メディアでは時にバラエティや見栄えを優先して、さまざまな表現を使い分ける誘惑に駆られますが、ミス/ディスインフォメーションに効果的に対抗するためには、形式的にこのようなルールを守るべきではないかと思います。

「代わりに何が正しい情報なのか」を必ず表示する

 「〜は間違った情報です」と言うだけでは、ユーザーはその代わりに何を拠り所にしたらいいのかわからないため、その間違った情報を信じることをやめないと言われています。「ユーザーが、まだ認識していない『代わり』の情報(missing alternatives)」を、検証やファクトチェックの記事では明確に示してあげる必要があります。

検索を意識して記事を作る

 検証やファクトチェックで記事を出す場合には、その記事が多くのユーザーに届くためにサーチエンジンの最適化(SEO)を行わなければならないことも重要です。そのためにはバイラルに拡がっている間違った情報に使われているキーワードなどを的確に拾い上げるとともに、サーチの結果として表れるスニペット(内容の説明)に、誤情報を正す情報であることが強調されて表示されるように文章を調節する必要もあります。

 ソーシャルメディアでそのような間違った情報を正す記事をアップして、間違った情報を信じてしまったユーザーに届くためには、ハッシュタグを効果的に使うことも要求されます。間違った情報の拡散に使われているハッシュタグを発見し、そのハッシュタグを使って正しい情報を流すという、「拡がっている場所にフタをする」ような対応が求められています。

 また、そのような記事やソーシャルメディアのポストには、間違った情報を伝えるURLを付けないということも徹底されなければなりません。正しい情報を伝えるための記事なのに、拡散されると、その元になった間違った情報まで拡散されることになっては本末転倒だからです。どうしても間違った情報のリンクを貼らなければならない場合は「nofollow link」という、グーグルがそこをクロールしないようにするようHTMLで指示することが推奨されていました。

信頼されるメディアサミットの会場にて=筆者撮影

(7)日本メディアの課題は

 表面的にざっと議論しただけでも、ネットやソーシャルメディア上のミス/ディスインフォメーションなどにニュースメディアが対抗していくためには、情報収集だけでなく、発信も効果的に行うことができるソーシャルメディアの知識や、ネットの検索などのユーザーの動向を想像してコンテンツを組み立てたり、コードにも細工をしたりする幅広いデジタルとネットの能力が不可欠であることがおわかりになったと思います。

 単発の間違った情報の検証や政治家のファクトチェックであれば、従来のニュース取材と「裏取り」のような伝統的な手法で対応できるかもしれませんが、継続的に作業をしなければ、ミス/ディスインフォメーションの疑いがある際に対応する能力のあるメディアとしても認識されませんし、そのスキルも習得できません。やはり常勤のファクトチェッカーを始動させることが必要ではないでしょうか。

 反対にユーザーのみなさんは、そのメディアがミス/ディスインフォメーションについて検証するニュースを出す場合、これまで触れてきたような点にどれだけ配慮を施しているのかが、そのメディアのファクトチェックや検証の実力を測る目安となるでしょう。

著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。