メディアはデマとどう向き合うか — 民主主義強化のため積極的なファクトチェックを【瀬川至朗】


 新型コロナウイルスは人類にとって未知のウイルスであり、そのリスクも未知のものだった。当初の予想を超えて感染が急拡大するにつれ、デマなどの偽情報や誤情報(偽・誤情報)が世界各国のSNS上で大量に拡散した。まずは、日本のSNSなどで話題になった偽・誤情報を15件ピックアップしてみた。別表をご覧いただきたい。

別表 日本のSNSなどで話題になった新型コロナウイルス関係の偽情報・誤情報(筆者作成)

1月下旬 「致死率15%、感染率83%で人類史上最凶」
1月下旬 「東京オリンピックが中止される」
2月上旬 「××でコロナウイルスが出た」(複数地域あり)
2月中旬 「死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が武漢周辺で大量に検出された」
2月下旬 「コロナウイルスは熱に弱く、26~27度のお湯を飲むと殺菌効果がある」
2月下旬 「新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」
3月上旬 「新型コロナ、中国が『日本肺炎』と広めようとしている」
3月中旬 「病院はPCR検査した検体を全て破棄して、患者には陰性と伝えている」
3月下旬 「政府が4月1日に緊急事態宣言を出し、2日にロックダウンを行う」
4月上旬 「新型コロナウイルスの感染者のうち3割が外国人」
4月中旬 「新型コロナウイルス対策として『安倍首相が給与を30%返納』」
4月中旬 「安倍首相に布マスク販売を突っ込まれ、朝日新聞SHOPが閉鎖」
4月下旬 「感染予防に緑茶が有効」
5月下旬 「大阪府市は雨がっぱで治療している」
6月上旬 「大騒ぎしてたアベノマスクの不良品って、回収して再検品したら、たったの12枚だった」

FIJ新型コロナウイルス特設サイトのファクトチェック記事情報より抽出=一部改変。ジャンルを考慮して筆者が選んだ)

 

 1月は新型コロナウイルスの性質や由来、2月上・中旬には国内の感染情報や中国の感染パニック、下旬には予防法や個人・社会の対応(例えばトイレットペーパー不足)が注目を集めた。3月から6月上旬にかけては、PCR検査やマスク、医療現場、行政の対応をめぐる偽・誤情報が拡散した。おおむね、その時々の市民の関心や不安に即した偽・誤情報が出回っている状況が見て取れる。しかし、「××が効く」「△△は効かない」といった予防に関する偽・誤情報、また、各国の政治的対立や思惑を背景とする陰謀論などは、時期に関係なく、繰り返し登場している。

3.11を大きく上回る「デマ」検索数

 デマなどの偽・誤情報が問題になる事例としては、日本では東日本大震災(11年)や熊本地震(16年)などの大型の自然災害が知られている。熊本地震では「動物園からライオンが逃げた」というデマツイートが関係者を混乱させた。こうした自然災害と今回の新型コロナの偽・誤情報の規模はどの程度違うのだろうか。一つの指標として、グーグルトレンドを使い、「デマ」をキーワードにした検索数を04年1月から20年5月まで月別に調べた。

 「デマ」検索数が最も多かったのは20年3月。グーグルトレンドは最大時期を100としてパーセント表示するので、20年3月を100とすると、東日本大震災の11年3月は46%、熊本地震の16年4月は14%だった。新型コロナでは、20年2月53%、4月34%と、長期にわたって検索が続いている。未曾有の東日本大震災を大きく上回る検索が行われたことに、新型コロナの偽・誤情報に対する市民の関心の高さ、不安視する心理が示されているといえる。

 新型コロナの偽・誤情報対策として注目されるのは、各メディアによるファクトチェックの取り組みである。ファクトチェックは、真偽の不確かな情報を多角的に調査・検証し、証拠(エビデンス)を挙げながら「正確」「不正確」「誤り」「ミスリード」「根拠不明」などの判定結果を提示する試みである。2000年代以降、米国や欧州で公開討論や選挙での政治的言説を対象とするファクトチェック団体が誕生。その後、SNS上に流通する偽・誤情報の対応策として世界各国に広まっていった。米デューク大の「デューク・リポーターズ・ラボ」によると、世界のファクトチェック組織は20年4月現在、78カ国237組織。10ヵ月前より26%増え、増加傾向が続いている。

FIJが国内・海外向け特設サイト

 欧米が先行する中、日本は出遅れていた。17年に日本のファクトチェック活動を推進する目的でファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が設立された(現在はNPO法人)。筆者が理事長を務めている。FIJは、SNSを中心に疑義言説を日常的にチェックし、周辺情報・事後情報も含めて提供する「クレイムモニター(CM)」というシステムを構築しており、メディアパートナーに無償で提供している。現在、ネットメディアではバズフィード、インファクトなど、マスメディアでは毎日新聞、琉球新報、中京テレビがFIJメディアパートナーとなっている。

 FIJは、2月3日に「新型コロナウイルス特設サイト」を開設し、CMでも新型コロナ関係の疑義言説の発見と情報提供に注力するようになった。特設サイトには、メディアパートナーや他メディアのファクトチェック記事・検証記事を収集し、順次掲載している。ファクトチェック記事だけでなく、調査取材に基づく通常の検証記事も収集対象とした。ヤフーやLINEなどが関心を寄せ、FIJ特設サイトの情報を利用している。

約5ヵ月間のファクトチェック・検証記事をメディア別に分類

 FIJ特設サイトに掲載されたファクトチェック・検証記事108本をメディア別に集計してみた(1月~6月5日)。CMなどを利用した収集であり一部に漏れはあるが、おおよその傾向は分かるだろう。

 内訳はネットメディアが71本(9組織)、マスメディアが36本(18組織)、その他1本。ネットメディアはバズフィードが34本、インファクトが22本、J-CAST、ハフポストが各5本などで、二つのメディアが抜きん出て多かった。一方、マスメディアは毎日新聞が8本で一番多く、NHK6本、沖縄タイムス4本、中京テレビ3本と続き、他の多くのメディア(地方紙など)は1本だった。このうち「ファクトチェック」と明記した記事は、ネットメディア54本、マスメディア4本だった。マスメディアでは検証記事がほとんどで、ファクトチェック記事は少なかった。対象言説の大半はSNS情報だが、一部はメディアの情報だった。政治家や専門家の発言が対象になっているケースもあった。

 デマなどの拡大を懸念し、マスメディア各社が取り組もうとする姿勢は評価できるが、散発的なものにとどまっているとの印象を受けた。また、マスメディアの検証記事の中には、疑義言説に対して複数の事例や専門家の意見を紹介するだけで、多面的な検証になっていないものも複数見受けられた。

 新型コロナのファクトチェックで、もう一つ指摘しておきたいのは、国際協力プロジェクトの展開である。米国にある国際ファクトチェックネットワーク(IFCN、米ポインター研究所内)は、1月下旬にコロナウイルス国際連携プロジェクトをスタートさせた。70カ国以上、40以上の言語でファクトチェックが行われている。IFCNの特設サイトには6600本を超すファクトチェック記事情報が掲載されている(6月12日現在)。

 FIJも4月から国際協力プロジェクトを開始した。日本関連の政治家、専門家、メディアなどの情報が海外で誤った形で拡散したり、逆に、海外の情報が日本で誤った形で拡散したりするケースが少なくない。国境を越えて拡散する不確かな情報を、他国のファクトチェッカーと協力して検証する取り組みである。英語サイトも設置し、対外発信力を強化している。

通常の検証記事はなぜ不十分か

 先ほど、ファクトチェック記事と検証記事を分けて数字化した。両者はどう異なるのか。

 ファクトチェックとは「①事実に関する言明の②真偽・正確性を調査・検証し③証拠等の判断材料を提供する」試みである。対象言説(情報)を特定し、それに対する真偽検証のプロセスを公開し、検証に使用するエビデンスや情報源も具体的に列挙する。その上で、真偽や正確性についての判定を提示する。検証は論理的かつ多角的に進め、読者に手の内をみせることが重要だ。それにより、読者も同じ検証をすることができ、認識を共有できる。科学的な研究方法と同じと考えていただいてよい。日本ではFIJがファクトチェック・ガイドラインを作成しており、①対象言説の特定②認定事実と結論の明示③判断基準と情報源の明示④わかりやすく、誤解を与えない見出し⑤公開日、作成者、訂正情報の開示——という5項目を定めている。

 そのベースになっているのがIFCNのファクトチェック綱領である。①非党派性・公正性②情報源の透明性③財源・組織の透明性④方法論の透明性⑤公開された誠実な訂正――が五つの原則になっている。

 それでは、通常の検証記事はどうだろうか。対象言説(情報)の検証という点は同じだが、ファクトチェックのような綱領やガイドラインはない。それぞれが独自のやり方で取り組んでいる。エビデンスや情報源を明示するという規定もないので、時間に追われる作業の中では、論理性や説得性に欠ける中途半端な記事が生まれやすいように思う。

 ただし、ファクトチェック記事にも課題はある。新型コロナの記事でも、対象言説が曖昧だったり、検証作業が十分でなかったりするケースがみられた。さらなる質の向上に向けての取り組みが必要だと考えている。

未知のウイルスゆえの難しさ

 今回の新型コロナのファクトチェックでは、未知のウイルスゆえの難題も登場した。

 例えば、マスク着用についての世界保健機関(WHO)の方針転換である。権威のある公式組織が方針を変えることが想定される場合、ファクトチェックの作業は困難になる。ファクトチェックが情報源として頼りにするのは、直接的な資料や、より公的で信頼できる情報源だとされるからである。また、PCR検査の感度や特異度、治療薬の候補などについて、さまざまな情報が出され、更新されている。不確定の情報に基づくファクトチェックは、当然ながら、慎重な対応が必要になる。

 日本の行政が提供するPCR検査人数、陽性者数、入院患者数などのデータが、極めて使いにくい代物であることも、エビデンスに基づく検証作業の大きな障壁となっている。

民主主義を支えるために

 最後にファクトチェックの現代的意義を考えてみたい。

 インターネット上に大量の偽・誤情報が流通することは、民主主義にとって大きな脅威である。民主主義は市民の健全な判断の上に成り立つものだが、事実と異なる情報のはんらんは、市民の判断をゆがめる可能性がある。しかし、政府に偽・誤情報のチェックを任せるのは危険である。政府が、自らに都合のよいように政治的に判断し、政府に批判的な言説をデマやフェイクと認定する事態は、世界の各地で現実に起きている。

 重要なのは、メディアや市民が、ガイドラインに沿って、透明性の高いファクトチェックを実行し、民主主義の基盤を強化することである。

 「ジャーナリストは、疑義言説の検証というジャーナリスティックな仕事をファクトチェック団体に任せておくことはできない」。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の記者教育ハンドブック(18年)はこう指摘している。ファクトチェックはまさに今日的なジャーナリズムである。今回の新型コロナの問題でも示されたように、日本ではマスメディアの取り組みがまだ弱い。責務を自覚し、積極的にファクトチェックに取り組むことを願っている。

(『新聞研究』2020年7月号 特集「新型コロナウイルスと報道 第2回」より、承諾を得て転載しました。)

 

著者紹介

瀬川 至朗(Segawa, Shiro)

早稲田大学政治経済学術院教授(ジャーナリズム) FIJ理事長
1954年生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学)卒業後、毎日新聞社入社。ワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長、論説委員などを歴任。著書『科学報道の真相ージャーナリズムとマスメディア共同体』(ちくま新書)で科学ジャーナリスト賞2017受賞。2019年より早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所所長。