ポリティファクトに政治ファクトチェックの意味を聞く 〜Global Fact10報告(その5)


冒頭画像:政治ファクトチェックで定評のあるポリティファクトのシャーロックマン(筆者撮影)

(文中敬称略/「Global Fact10報告」はYahoo!ニュースエキスパートでの初出が2023年7月〜8月にかけてであるため、紹介されている投稿の消滅やサービス名の変更が生じております。)
世界各地からミスインフォメーション、ディスインフォメーションと戦うファクトチェッカーが集まった「Global Fact10(グローバルファクト・テン、以下『GF10』と表記)」(2023年6月27日〜30日 ソウル)の報告5回めは、「政治のファクトチェック」の重要性について、改めて考えてみようと思います。

日本でも、いわゆる「フェイクニュース」の対策や、ファクトチェックへの関心が高まっています。ニュースメディアの中からIFCN(国際ファクトチェック・ネットワーク)のシグナトリー(認証されたファクトチェック機関)になったメディアも3社(InFact日本ファクトチェックセンターリトマス )になりました。

しかし、日本ではメインストリームのメディアも、政府などの政策的検討作業も、オンライン上の情報、ソーシャルメディアでの拡散の方に過度に注目が集まっているようにも見えます。

「政治ファクトチェック」の価値を見直す

ファクトチェックという作業は、ソーシャルメディアが普及する前から、主に政治家や公的に責任ある立場にある人たちの発言に、矛盾やごまかしはないかを検証するという、ジャーナリズムの根本である「権力の監視」からスタートしたものです。

政治家の発言を監視するような営みにこそ、日常、継続的に政治家の言動を記録し伝えている伝統的なニュースメディアのジャーナリズム的なスキルや組織としての報道のノウハウが生かせるのだとも思います。

これからのファクトチェックは、新しいテクノロジーの仕組みを理解して使いこなすデジタル的な能力と、伝統的なジャーナリズムの価値を実践する能力のハイブリッド、あるいはベストミックスが求められていくのだと思われます。

日本でも解散総選挙の話題がささやかれています。改めて、どのような価値観に基づいて政治のファクトチェックが行われるべきなのか、伝統的なメディアのどのような力を生かしていくのかなどについて、選挙の興奮に巻き込まれる前に、落ち着いて考えておく必要があります。

アメリカも2024年に大統領選挙を控えています。ミスインフォメーションを量産したドナルド・トランプが共和党の最有力候補とも言われる中で、ニュースメディアはどのように身構えているのか、政治のファクトチェックでは定評のあるポリティファクトの理事長でニュース部門の責任者、アーロン・シャーロックマンに聞きました。

ファクトチェックは「ベストな選択」のため

(奥村:以下「お」)日本でのファクトチェックについて言うと、主要なメディアはまだ全体的には積極的ではなくて、関心がオンライン上のミスインフォメーション、ディスインフォメーションや、プラットフォームの責任の方に偏ってしまっているような状況だから、政治のファクトチェックの重要性についてももう一度強調したいと思っているところなんだ。アメリカはもうすぐ大統領選のキャンペーンも活発になるし、ポリティファクトがどんなことを考え、準備しているか、教えてくれない? ミスインフォメーションも増えていくと思われるけど。

(シャーロックマン:以下「シ」)まず僕たちは主要な候補者はすべて注目している。今は情勢分析をして、共和党、民主党内でそれぞれ、どの候補が勝ち上がるかシミュレーションしているところだ。今はすべての候補者を均等に注目している段階。しかし、そのような準備を1年以上前から始めないと間に合わないということでもある。

(シ)2番目に言いたいことは、ミスインフォメーションのことだ。質問の通り、僕たちの過去のデータを見ても、投票日が近づくほど政治家とか候補者というものは、ウソや失言の量や回数が増える。とにかく票を取るのに躍起になっているから。だから、とにかく僕たちはプライマリー(民主、共和各党が候補者を決める日)や大統領選の当日まで、有権者が自分たちが最善の選択をしたと思えるような情報を提供し続けることが仕事だと、改めて思っているところだ。「投票しろ」と言っているのではなくて、政治家の言っていることで何が本当かを伝えなければならないってことだ。

(シ)そういう思いで2007年にポリティファクトを始めたんだ。それが根本的な考え方だというのは今も変わらない。僕たちのチームは、そういう仕事に取り組むのを、みんな楽しみにしている。そうやってチェックをして検証した情報が、数百万人の人に届き、役に立つんだから。

AIが生むミスインフォメーション対策は?

(お)AIのテクノロジーが飛躍的に進歩してるけど、新しいタイプのミスインフォメーションには、どのくらい警戒してる?

(シ)警戒もしているけど、今のところは、最近のAIの進歩による「新しい」と思われるものは、まだそんなに多くないな。今のところは、僕たちが発見できて、容易にファクトチェックできるレベルのものしか出てきていない。何と言うか、まだ「フェイクっぽい」っていうレベルだと思う。しかし、チームとしては今後もっと、ややこしいものに対応せざるを得ないと思っているから、半年後に、どのような専門家との関係を深めておかなければならないかと、戦略を練っているところだ。

(シ)このビデオは大丈夫なのか?本当の映像なのか、AI生成なのか?AI生成の画像や映像はどんな感じに見えるのか?うん、今後のことを考えると、正直言って怖さはある。見たことないものがやってくるんだから。とにかく、最悪を想定して備え、それが起こらないことを願うのみ、だね。

(お)ということは、映像や画像など、視覚に訴えるミスインフォメーションが増えると思っている?

(シ)そこまで深刻に考えているとも、まだ言い切れないレベルかな。現在はAI生成のコンテンツもいろいろ研究しているけど、圧倒的にエンタメ関連のものが多い。政治の情報で言うと、AIよりもディープフェイクの方が、圧倒的に多い。だから、まず、そっちの方を心配しなければならないと思っている。今のところは、判断に困るような精巧なディープフェイクには遭遇していなくて、大半は映像や音声をちょっとだけ編集でいじった程度のものだ。ジョー・バイデン(大統領)の発言をちょっとスピードアップするとか、ゆっくりに加工するとか。前にナンシー・ペロシ(当時の下院議長)がされたようなものだね。(註:2019年春に、ペロシ下院議長の発言のスピードを遅く加工して「酔っ払って公式行事に出席した」という映像が出回った。詳しくは、ワシントンポストの解説記事を参照)今のところは、そんな程度のものしか出てきていない。

(シ)しかし、繰り返すけど、僕らのチームはとにかく備えを強化して、もっと複雑で手強いものに対応する能力を持っていなければいけないと思って準備している。AI生成の何かが出てきても、すぐにそれを見破り、説明する実力が求められている。重点課題のひとつであることは間違いない。でも、グッドニュースは、AIの関心が非常に高いので、AI生成のトランプやバイデンを支持する映像などが出回ったとしても、たくさんの記者やファクトチェッカーが寄ってたかって、すぐに暴いてしまうだろうということだ。しかし、ともかく未来は不透明だから身構えている。半年前はこんなだって、想像できてないだろう?半年後も同じことだよ。

現職大統領にはとにかく注目

筆者と話すシャーロックマン(2023年6月29日 筆者撮影)

(お)大統領選に名乗りを上げている候補者の中で、特に誰に注目しているとかっていうのはある?

(シ)ともかくこれは大前提だけど、共和党だろうが民主党だろうが関係ないということ。そして、現職の大統領の言うことには、細心の注意を払って耳を傾ける。再選を目指しているということではなくて、ともかく国のリーダーとして何を言うかという問題意識だよ。

(シ)そして共和党の側では、ドナルド・トランプ(前大統領)とロン・デサンティス(フロリダ州知事)だね。他の候補者を見てないというわけじゃない。僕たちのチームは、毎日すべての候補者の公的な発言は全部チェックすることになっている。基本的には、その中から、人々の関心が高いもの、論争を呼ぶ可能性があるもの、あるいは虚偽やウソである可能性が高いものを選んで検証作業をするということだ。発言の内容が重要で、誰が発言したのかということは、時にそんなに重要ではなくなる。僕たちの、「ファクトチェックすべきだ」という基準を満たせば、重要だということだ。それが、僕たちが考える「このことについては、有権者が本当のことを知っているべきだ」と思う基準だから。ただ、今の政治の風向きから考えると、バイデン、トランプ、デサンティスが、他の候補者より注目を集めていることは間違いないと言えるね。

ほぼリアルタイムのファクトチェックを

(お)2020年の大統領選と、その結果起きてしまった連邦議会議事堂の乱入事件について、どんな教訓を得たと言えるの?そして、今回はどのような備えをするわけなの?

(シ)投票や開票に関する問題、投票の公正に関わるクレームに対しては、とにかくスピーディに対応しなくてはいけないということだ。そういう話題を誰か有力者が発言するのであれば、リアルタイムとか極力それに近い形でファクトチェックする能力が求められるということだと思う。そうすれば、何か悪意のある、間違った情報に直結する形で、本当の情報を提供することができるからだ。それがまず必要なこと。

(シ)2番目には、2022年の中間選挙の時にやってみて、うまく行ったので今回もやろうと思っているんだけど、選挙の複雑なシステムを、わかりやすく解説するということなんだ。各州で微妙に方式が異なっていて、統一された組織が選挙を運営しているわけではないということは、重大な問題なんだ。選挙人(大統領と副大統領を最終的に選出する人たち、大統領選は各州に割り当てられた選挙人を決めるもの)というシステムは、珍しく、非常にわかりにくいと、僕も思う。州ごとに投票のしかたが違うんだ。アメリカの国民自身も混乱してしまうし、その混乱を利用してミス/ディスインフォメーションを広めようとするヤツも出てくる。

複雑な選挙システムを教えて予防

(シ)だから、選挙の前に時間をかけて、各州の投票システムがどう機能するのかを人々に理解してもらう作業をすることが、非常に重要になってくると思っている。開票にどうして10時間以上を要するのかとか、票数の確認に何で2週間も余分にかかるのかとか。そもそも自分に投票権はあるのかどうか、どうやって知ればいいのか、投票の本人確認は運転免許証なのか、政府が発行した別の身分証明書でなければならないかとか。僕たちのようなニュースメディアやファクトチェッカーが前もって、そんな情報を整理して伝えてあげて、さらに「どんな問題が起きる可能性がある」とか、「間違えやすいのは、こういうところだ」と言うようなことを教えてあげれば、少なくとも、何か起きた時に人々が「おい、これは不正だろ」とか、「開票結果が偽装されている」とか言い出すことはなくなるはずだと思うんだ。ともかく、複雑な選挙システムから発生する問題を最小限に食い止めることが必要だよ。

(お)そういう基本的な知識を広めていく作業は大切だよね。でも、知りたい、知らなければと思う人は、ポリティファクトの記事を読むけど、そういう人への支援よりも問題になるのは、関心のない人、記事を読もうとも思わないような人たちにどうアプローチするかということだよね。

(シ)むずかしい問題だよね。僕たちもいつも言ってることだけど、ポリティファクトの記事やファクトチェックを普段読んでくれている人は、最もそういう情報支援の必要がない人たちなんだよね、他の人にどうやって読んでもらうかが勝負なんだよね。

(シ)記事を出すんじゃなくて、そういう人たちが集まるところに、こっちから出かけて行って直接話すっていうのをやってみているんだ。ローカルレベルの話題でファクトチェックをやって、そのネタを持って図書館に行って話をしたりするんだ。トランプやバイデンの話をしても、だいたいの人はもう評価とかイメージとかが強固に出来上がっていて、僕たちの話なんかあまり聞かない。でも地元の市長とか知事とか、地元の有力議員とかの話だと、全国的には大きな話題でなくても、意外と話が盛り上がるんだ。

ローカルな関心から始める

(シ)もうひとつ言いたいのは、事実関係の理解というのは、その人の知的興味や認識と直結するという問題だ。僕たちは、今ソウルにいるよね。窓の外の道路の交通とか、ビルの建設ラッシュとかをファクトチェックしようとしたら、大部分の人は、背景にある政策に関わっている政治家とか思い浮かべないよね。だって目の前に渋滞や工事現場が見えているし。

(シ)例えば韓国で、アメリカとメキシコ国境の問題についてのファクトチェックとかをするのなら、読者は現場が見えないよね。だから「わかんない」って言う。自分の目で見ていないから、断片的に読んだり、テレビで見たりしたことだけ語る。たくさんの人が「南米から不法入国できちゃう、安全だ」とか、見えないことにはかなり無責任になってしまう。そういう人に実態を伝えるのは、けっこうなチャレンジだけど、とにかく時間をかけて、正確な情報を伝えていくしか、今のところ方法は見つからない。

(お)とにかく身近な話題から始めよう、ってことだね?

(シ)そう思うよ。その方がインパクトもあるし、ローカル・コミュニティであれば、関心ある人のネットワークもすぐにできる。市長だけじゃなくて、何か公に約束をしたのだったら、ビジネスマンだってファクトチェックの対象だと思っている。大統領選は、その延長にあるんだと思うよ。

(お)「ローカルな文脈」って、どうやって作ればいいんだろう。ファクトチェックのストーリーを関心を持って受け入れてくれるようになる工夫ってあるの?

筆者と話すシャーロックマン(2023年6月29日 筆者撮影)

(シ)まず考えられるのは、トランプとかデサンティスがアイオワ州(最初の予備選挙が行われる)に行ったら、地域に関心のあることを話すから、そのことを取り上げるってことかな。エタノール産業の振興と農業や畜産の両立の問題とか、そういう問題からファクトチェックを始める。カリフォルニアの人には興味ないかも知れないけど。でも、そういうことの積み重ねで、大統領候補者のことを少しずつ理解していくんだと思う。

民主主義のためには妥協できない

(お)日本もそうなんだけど、地方のニュースメディアの経済が弱体化している。なかなか連続して政治のファクトチェックを続ける体力がないと心配なところも多くて。

(シ)政治家ってものは当選するためなら、何でも約束してしまうのが常だろう?でも、ジャーナリストは、その言葉に責任を果たせと最大限言い続ける責任があるんだ。国家がメディアを制限している不自由な国に比べれば報道の自由が保障されているんだから。そうやって選挙のプロセスだけでなく、民主主義そのものが強化されていく。究極的には、市民が、有権者が自分たちのことに関して、より良い選択ができることを目指して、取り組まなければならないことだろう?

(シ)ファクトチェッカーの仕事というのは、「はは、このウソつきめ!」って吊るし上げることじゃない。有権者に正確な情報を届けることだ。そういう目的意識で記事を作ると、役に立つ記事ができるんだ。事実関係を検証して、政治家の言動を伝えれば、正確な情報に基づいたものなら、その情報を強化できる。僕たちはトランプの情報を千回以上ファクトチェックしたけど、彼が何か意見を言って、たくさんの人がそれを支持する。でもその主張を裏付ける事実が間違っているんだ。いつも問題になるのは、そういう間違った事実に基づいた意見が拡散して、コントロール不能になってしまうという事態だ。

(シ)だから事実認定をする審判が必要なんだ。話の途中でもさえぎって、「おい、間違ってるよ」って言う役割だ。政治家もファクトチェッカーも同じ目的で仕事をしているはずなんだ。国全体が正しい選択をしてほしいってことだ。

「ファクトチェック」って言葉、どう思う?

(お)特に日本では、「ファクトチェック」って言葉に好感度が高くないって思っているんだけど。何か堅苦しくて、息苦しい感じかな。何か別の呼び方とか考えられないかな。

(シ)それは「いい質問」だね(それはあんまり考えたことなかったな)。確たる答えはないけど、ファクトチェッカーであるジャーナリストは全員「調査報道」の記者だよね。それを短期間で、特定の目的のために結論を出すやり方でアウトプットするだけだ。「accountability reporter(公的人物の説明責任についての記者)」という言い方もできる。ポリティファクトやポインター研究所(彼はビジネスやテクノロジー企業との連携を受け持つ副所長でもある)では、単に「ジャーナリスト」と呼んでいる。一般市民は、単にジャーナリストだというのが自然だと考えてのことだ。ただ、ファクトチェックという特別の方法に従うというのはある。

(シ)「ファクトチェック」が時に、党派的な動きだと誤解される心配はあると思う。特定の党派とは無関係だということは、いつもクリアにしておかなければならないことだとは思う。

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著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
1964年生まれ。上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。