日本国内で発表されたファクトチェック記事の本数を調査したところ、2020年が最も多く170本以上あり、次いで多かったのが2021年で130本余りだったことがわかりました。今年は、現時点で2020年を上回るペースで記事が発表されています。
日本でファクトチェックの取り組むメディアも増えてきました。ただ、専門的なチームで取り組んでいるメディア・団体が多い諸外国に比べると、ファクトチェックの本数としてはまだ少ない水準であることもわかりました。
調査・集計の方法
日本国内の14のメディア・団体が2016年1月以降に発表したファクトチェック記事を調査対象としました。集計の対象は、「情報・言説内容の真偽を独自に検証し、その結果を発表したもの」とし、原則として何らかの形で「ファクトチェック」と明示しているものにしました。1本の記事の中で複数の言説を検証しているものも、1本としてカウントしました。
ただし、2017年以前はまだ「ファクトチェック」という用語がまだほとんど使われていなかったこともあり、「ファクトチェック」と表記していなくても、内容を実質的にみて「情報・言説内容の真偽を独自に検証し、その結果を発表した」といえる記事をカウントしました。
カウントするにあたっては、FIJのガイドライン(2018年9月正式版を発表)に適合しているかどうかや、調査対象のメディアがFIJのメディアパートナーに加盟していた時期かどうか(同制度は2019年5月開始)は考慮に入れず、外形的にファクトチェック記事として発表されたものは全て含めるようにしました。
大手メディア(新聞社) | 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、琉球新報、沖縄タイムス、中京テレビ |
その他メディア・団体 | BuzzFeed、InFact(*1)、GoHoo(*2)、Japan In-depth、Wasegg、SFSS 、情報検証JP(*3) |
(*1) 旧称「ニュースのタネ」時代を含む (*2) 2018年活動終了 (*3) 2022年1月活動開始
調査の結果
2016年1月から2022年3月までの6年3ヶ月間で、14メディア・団体が発表したファクトチェック記事を集計したところ、合計549本でした。そのうち8割以上の443本が、大手メディア(新聞社)以外のメディア・団体によるものでした。
年別推移は冒頭に掲載したとおりですが、月別の推移は次のとおりです。
半期ごとに集計しグラフ化すると、次のようになりました。
2020年から大幅に増加した背景
FIJが発足したのは2017年6月でした。この年の秋に総選挙ファクトチェック・プロジェクトを実施したこともあり、同年9月には30本のファクトチェック記事が出ました(FIJのプロジェクトとは無関係に朝日新聞が発表した記事を含む)。
ただ、2019年までは、すべて合計しても年間50本以下、週に1本あるかないかという水準が続いていました。顕著な変化が現れたのが2020年以降でした。
これには、2つの背景要因が考えられます。
1つ目は、2020年1月以降、新型コロナウイルス感染拡大によりファクトチェックの必要性の高い疑義言説が増大したことが挙げられます。同年秋にはアメリカ大統領選挙があり、それに関する疑義言説も多数ファクトチェックが行われました。
2つ目には、FIJが疑義言説のモニタリングを行い、ファクトチェックに取り組むメディアに提供する「ファクトチェック支援システム」が2020年より本格的に稼働したことが挙げられると思います。疑義言説データベース・ClaimMonitorを利用した6つのメディア・団体が記事化したファクトチェック案件のうち約6割が、ClaimMonitorの利用を端緒にしていたことが確認されています。
次のグラフのとおり、ファクトチェックの記事化を行ったメディア・団体の数を見てみますと、2016年〜2018年にかけて大きく増えましたが、それ以降はそれほど増えているわけではありません。
1ヶ月平均の記事本数の推移をみると、2020年以降、月平均10本以上(14媒体合計)で推移しています。2021年はペースダウンしましたが、今年は3月末時点の集計で2020年を上回るペースとなっていることがわかります。
大手メディア(新聞社)は2020年以降ほぼ横ばい(月平均3本弱)で推移していますので、それ以外のメディア・団体の発表頻度が高まっていることが見て取れます。
台湾・韓国のとの比較
このように、2016年以降の推移をみると、特に2020年を境に日本におけるファクトチェックが活性化しつつあると言えると思われます。ただ、海外と比較すると、どうでしょうか。
近隣の台湾、韓国と比較してみました。
日本のデータは、先ほどの調査と同じく14メディア・団体のファクトチェック記事数の集計です。
韓国は、ソウル大学ファクトチェックセンターに加盟してファクトチェックを行っているメディアを集計対象としました。同センターは2017年に発足し、当初は20社程度でしたが、2022年4月現在、34社にまで増えました。同センターのサイトに収録されている記事をカウントしたのが上記のグラフです。韓国全体で、毎日2件前後のファクトチェックが行わていることがわかります(同センターのサイトでは記事単位ではなく、検証対象言説ごとに収録されていますので、記事本数はこれよりやや少ない可能性があります)。
台湾は、MyGoPenと台湾ファクトチェックセンター(TFC)の2団体のファクトチェック記事本数を、各サイトから集計しました。台湾には他にもファクトチェック団体がありますが(LINE台湾参照)、この2団体(いずれもIFCNに加盟)の記事量が多いため、集計対象を絞りました。この2団体だけで、2020年以降、年間1000本を超えるファクトチェック記事が発表されていたことがわかりました(なお、TFCが活動を始めたのは2018年7月からです)。
海外と大きな違いが生じる要因
日本でも10近くのメディアがファクトチェックを行うようになっていますが、なぜ、これほど大きな違いが出ているのでしょうか。
もちろん、それぞれの国の情報メディア環境、文化的要因の違いなども考えられます。一つはっきりしている大きな違いは、韓国や台湾をはじめとする諸外国では、ファクトチェックを専門的・職業的に行っているメディア・団体がいくつもあるという点です。
台湾の2団体ともファクトチェック専門団体ですし、韓国では大手メディアの中にファクトチェック専門部署を設け、ファクトチェック専門記者が調査・記事化を担っています。
IFCNにファクトチェックを一定の水準で専門的に行っている団体として認められている加盟団体も、台湾は2つ、韓国は1つあります(2022年4月現在)。ちなみに、アジアでは、香港やフィリピンはそれぞれ2つ、インドネシアも5つの団体がIFCNに加盟していますが、日本ではまだ1つもないというのが実情です。加盟するには、恒常的にファクトチェックを行う体制をもっているかどうかというIFCNの審査基準をクリアするに必要があります。
日本においても、ファクトチェック記事数をみれば、ここ数年活性化しつつあることは間違いありません。一方で、これまでも指摘されてきたことではありますが、専門的、恒常的にファクトチェックを実施できる体制をもったメディア・団体をいかに増やしていくかが、大きな課題と言えるでしょう。
楊井 人文(Yanai, Hitofumi)
FIJ理事兼事務局長、弁護士
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年、一般社団法人日本報道検証機構を創設。2017年、FIJを立ち上げる。2018年4月、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。