アジアファクトチェック会議を振り返る【立岩陽一郎】


(写真:台湾のアジアファクトチェック会議で講演する筆者=10月5日、国立台湾大学)

 10月5日、6日の二日間、台湾でファクトチェックに関する会議が開催された。「2019 亜洲事実査核専業論壇」。こう書くとなにやら大時代的な会合に見えるが、英語では、「Forum on Fact-Checking in Asia 2019」となる。

 主催はTFC=台湾ファクトチェックセンターと、その母体である優質新聞発展協会(日本語では、優良報道発展協会といった感じだろうか)。参加者は台湾でファクトチェックに関わるジャーナリスト、研究者、そして韓国、日本、フィリピン、インドネシア、インドのファクトチェッカー。更にはグーグル、フェイスブック、ライン、ツイッターの担当者も来ていた。

 私は、初日(5日)に行われた各国によるセッションを中心に報告する。

テレビがリードする韓国のファクトチェック

 最初のセッションは東アジアのファクトチェックについてで、日本と韓国の取り組みについて議論した。日本からはバズフィード・ジャパンの創刊編集長だった古田大輔氏と私がそれぞれの取り組みを紹介した(ここでは割愛する)。

 韓国からは、JTBCテレビでファクトチェックを担当するイ・ガンヒュク記者が自社の取り組みを説明した。JTBCはネット向けに配信しているテレビで、2017年にマドリッドで開催された世界ファクトチェック会議(Global Fact 4)にも記者が来ており、その時から、平日の夕方のニュースでファクトチェックの企画を定期的に放送していると説明していた。

 イ記者の話では、現在もそのニュースは続いているということで、2014年9月からこれまでに900にのぼるファクトチェックのニュースを取り上げたということだ。

 スタッフはイ記者をリーダーに、プロデューサー1人、リサーチャー4人、デザイナー1人。日々の動きは次のようなものだという。

    • 先ず、その日の朝に集められた問題について議論する。
    • そこでファクトチェックの対象を選ぶ。
    • そしてどのように検証するかを議論。
    • 手分けして確認作業を始める。
    • 午後いっぱいを使って検証結果を議論。クロスファクトチェックも行う。
    • 原稿を書き上げる。
    • 予想される反論と突き合わせる。
    • デザイナーはグラフィックを作り、プロデューサーはニュース内でのプレゼンについて検討する。
    • 再度、内容をチェック。
    • 放送。

韓国JTBCのファクトチェッカー、イ・ガンヒュク記者の発表

 どのようなファクトチェックをしているのか動画を見せてくれた。それは、「韓国は日本よりIT技術で50年遅れている。これは現政権の責任だ」といった野党関係者のネットの書き込みをファクトチェックしたもので、様々な指標から、「事実ではない」という評価となった。

「これはかなり簡単なファクトチェックでした。もちろん、全てがこう簡単なわけではありません」

 イ記者はそう語った。

 会場やパネラーとして同席した我々とのやり取りでイ記者が語った印象深い話を2つ。イ記者によると、韓国ではJTBCをはじめとするテレビがファクトチェックを主導しているという。

 それはなぜなのかと尋ねると次のように話した。

「新聞は読まれなくなっており、経済的に新たなことにチャレンジする余力が無い」

 その説明が正しいかはわからないが、確かに、韓国のテレビ界は公共放送のKBSを筆頭に、ファクトチェックには熱心な印象がある。テレビ各局だけのファクトチェック・コンテストも行われており、10月31日(2019年)に私もそのイベントを視察する予定だ。

 「ニュース番組でやっていると言うが、はたしてどれだけの人がファクトチェックに関心を持っているのか?」

 会場からこうした疑問も出た。これに対しては次のように答えていた。

「日本と関係のあることについてのファクトチェックは、韓国人は強い興味を示しますから」

 これには会場から笑いが漏れた。古田氏も私も思わず笑ったが、特に苦い笑いではなかった。

コラボレーションが進む東南アジアのファクトチェック

●インドネシアの場合

 インドネシアからは、ファクトチェック団体マフィンド(Mafindo)で会長を務めるセプティアジ・エコ・ヌグロホ会長(Septiaji Eko Nugroho)氏が現在の取り組みを説明した。

 インドネシアでは調査報道メディアであるテンポ(TEMPO)のファクトチェックが知られているが、セプティアジ氏の話では、様々なメディアがファクトチェックを行っているという。

 マフィンドは、独立、中立、非営利、クラウドソーシング、クラウドファンディングを基礎としているという。取り組みはボランティアが基本で、インドネシアの17の都市に500人にボランティアを擁してファクトチェックを行っているという。

 マフィンドには、5人のフルタイムで働くファクトチェッカーとプログラマー1人がいる。ちなみみに、セプティアジ氏はファクトチェッカーではない。もともとはIT技術者で、技術者の派遣会社などを経営する起業家だ。マフィンドの仕事は無給のボランティアとして行っているが、フルタイムのスタッフには給与は支払っていると話した。

インドネシアのファクトチェック団体マフィンドの発表

 マフィンドはどのように活動しているのか?インドネシアはフェイスブック王国として知られている。フェイスブックが主要メディア的な影響力を持っているのだ。マフィンドの活動もそれを基礎としているようだ。

 常時、フェイスブックを利用する7万人のメンバーから偽情報と思われる情報が送られてくる。それをファクトチェックしてラジオ、ツイッター、フェイスブックなどのSNSを通じて発信していくということだ。

 インドネシアは、アジアで最もファクトチェックが行われている国として知られている。その理由についてセプティアジ氏は、「フェイクニュースが人種攻撃に使われている傾向があり、これは多人種国家であるインドネシアにとっては極めて危険なことだと考えられているから」と話した。2016年にはスマトラで偽の情報が引き金となりいくつかの宗教施設が焼き討ちにあるという事件が発生したという。

 そういう状況だからだろうか、先の大統領選挙では、21あるオンラインメディアが一堂に会して、ライブ・ファクトチェックを行われた。

 実際に、どのようにやったのかと尋ねてみた。

「あらかじめ、テーマごとに各メディアに担当分野を割り振っておくんです。経済、外交など。それで、各候補者の発言をその場でチェックして発信しました」

 私と古田氏とで思わず目を合わせて、「これは日本でもできるね」と話した。ただ、インドネシアはもともとオンラインメディア各団体が協力するアジ(AJI)という体制ができている。これは前述のテンポなどが中心になって作ったもので、単体では弱い立場のオンラインメディアがつながることで取材、発信を強化するというものだ。日本でもそういう点を含めた議論が必要かもしれない。

●フィリピンの場合

 続いて、フィリピンのヴェラ・ファイルズ(Vera Files)でファクトチェックを行っているセリーン・サムソン(Celine Isabelle Samson)氏がフィリピンでの取り組みを話した。

 2016年の大統領選挙に際してフィリピン国立大学のイボンヌ・チュア教授が学生らと候補者の発言をチェックし始めたのが始まりで、最初は、「それは本当?」(Is that so?)という名称のプロジェクトだったという。

 フルタイムスタッフは12人。ネタを見つけるリサーチャー、ファクトチェックをする記者、その内容を確認するデスクということで、それらはお互いにその時その時で役割が変わるという。また、この12人とは別にビデオ・コンテンツを作るパートタイムのスタッフが1人いるとの説明だった。

 ファクトチェックの頻度については、公職に就く人物の発言についてのファクトチェックは週に3回は行っているという。フェイスブックの投稿は毎日ファクトチェックを行なっており、それで収益を得ているという。ファクトチェック記事の本数は次のとおりだ。

2016年(発足1年目) 43本
2017年 156本
2018年 143本
2019年(9月末時点) 98本

 またインドネシアと同様に、フィリピンでもメディア間のコラボが実現しているようで、2019年6月に行われた中間選挙では、ヴェラ・ファイルを含む11のメディア、3大学が協働してファクトチェックを行ったという。

フィリピンの団体ヴェラ・ファイルズ、セリーヌ・イサベル・サムソンさんの発表

台湾とファクトチェック 会議を振り返って

 国立台湾大学の施設を使って2日間にわたって行われたこの会議は、台湾におけるファクトチェックの注目度の高さを物語るものだった。グーグル、フェイスブック、ツイッターといったネットの巨人が揃ってファクトチェックについて語る姿は、世界のファクトチェッカーが年に一度集うGlobal Factでもなかなか見られなかったものだ。

 ただ、そこには台湾の置かれた特殊な事情もあるように思う。そもそも、台湾でファクトチェックが盛んに行われるようになった背景には、中国による偽情報の拡散に対応するという台湾社会全体の要請があったということだ。会議を主宰した、良質報道発展協会の胡元輝理事長は次のように話した。

「台湾でファクトチェックが盛んに行われるようになった理由は、やはり偽情報が社会を混乱させている状況が目に余る状況となってきたからです」

アジアファクトチェックフォーラムで登壇したメンバーたち(2019年10月5日、国立台湾大学)

 特に、2016年の総統選挙、2018年の地方選挙で偽情報が拡散したという。そうした偽情報は海外のアカウントを使ってSNSを使って発信されていることが確認されているという。

 胡氏は、これらについて中国によるものとの見方を示し、「中国による情報戦争」という言い方をした。つまり、巨大な中国とどう向き合うかという喫緊の課題が、社会全体で共有された結果、その一つの対策がファクトチェックだったということだ。

 この会議にグーグル、フェイスブック、ツイッターに加えて、台湾で多くの人に使われているラインも積極的に参加している状況も、こうした台湾と中国との関係が色濃く反映されている。中国からと見られる偽情報を自分たちが拡散しているとなれば、その現状に何かしらの手を打つ必要があるということだろう。

 これをどう理解するかは難しい問題だ。当然、懸念はある。会場に来た研究者からも行政府との距離感に懸念の声がきかれた。中国文化大学の林福岳副教授は、「今の政府は問題ある行動には出ていないが、仮にそれが変わった場合、政府とファクトチェックが一体化する恐れはある」と話した。

 FIJとしては、台湾のそうした状況を踏まえつつ、台湾のファクトチェックとの交流を進めていくということかと思う。

 最後に、FIJの取り組みについて会場から質問が出たので記しておきたい。FIJの設定しているレーティングが複雑で読者からはわかりにくいという意見で、今後、見直す考えはあるのかいう問いだった。

 もちろん、レーティングは常に検証し見直していくと答えた。

 

著者紹介

立岩 陽一郎(Tateiwa, Yoichiro)

ジャーナリスト、認定NPO法人ニュースのタネ代表、FIJ副理事長
1967年生まれ。一橋大学卒業、放送大学大学院修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクとして調査報道に従事。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後、2016年12月にNHKを退職。著書に『NPOメディアが切り開くジャーナリズム 「パナマ文書」報道の真相』『ファクトチェックとは何か』(共著)、『トランプ王国の素顔』『ファクトチェック最前線』など。