米国より”危険食品”大流入?! ~遺伝子組換えトウモロコシの本当のリスクは?~【山﨑毅】


 本稿では、いま世間を騒がせている米国産トウモロコシの輸入にまつわる問題について考察したい。まずは、今回の騒ぎの発端となった鳩山由紀夫元首相のツイートを見ていただきたい。

 元首相ともあろう方が、遺伝子組換え作物の健康リスクについて、完全にリスク誤認しておられるように見えるところが残念なのだが、それよりもさらに困ったことはこのツイートを1万人以上の方が「いいね」、6千人以上のRTがされ、どんどん拡散されているという事実だ。

 米国からの農産物輸入という政治問題にもかかわっているため、国民の関心が高くなるのは仕方ないとしても、このようなフェイクニュースが瞬く間にネット上に拡散する現実に失望感を覚えるしかない。当方がファクトチェックを早くしなければと焦っているのをあざ笑うかのように、続々と誤報が追い打ちをかけてくる。

米余剰トウモロコシ輸入決定 日本に”危険食品”大流入危機 (日刊ゲンダイ、2019/08/27)

 そもそも今回安倍首相がトランプ大統領に約束したとされる米国産トウモロコシの輸入について、記事の本文には「米国で余った飼料用トウモロコシ250万トンの購入まで押し付けられた」と書いてあるようだが、なぜそれが”危険食品”という見出しになるのか? 誤報が誤報をよぶ際の特徴として、拡散される過程でさらなる誇張が加わっていき、市民の不安を煽る度合いが強くなっていくのだろう。

 鳩山元首相のツイートの時点でも、日本への輸入トウモロコシの6割~7割は家畜飼料用であること(財務省貿易統計より)はご存知なのだろうが、それでもコーンスターチや加工油など食品用に輸入される米国産トウモロコシがあるのは事実だし、家畜飼料用としても遺伝子組換えトウモロコシを与えられた家畜の食肉が国民の健康に悪影響を与えるかもしれない・・などと、根拠のない心配をしておられるのではないだろうか?

 われわれNPO(食の安全と安心を科学する会:SFSS)では、信頼できる科学者からのエビデンス情報をもとに、消費者市民が心配する食品中のハザードについてのリスク評価をこれまで綿密に重ねており、その結果を明快かつわかりやすく「食の安全・安心Q&A」にまとめている。遺伝子組換え作物(GM食品)についても以下をご参照いただきたい。

Q(消費者):遺伝子組換え作物(GMOs)が健康によくないという情報は、科学的に正しいのでしょうか?
A(SFSS):現時点で遺伝子組換え作物が非遺伝子組み換え作物と比較して安全性に問題があるという信頼できる科学的証拠はありません。

出所:遺伝子組換え作物の安全性について(SFSS)

 「いやいや、フランスの科学者がGM作物の発がんリスクを証明していますよ」と反論される方は、反GM団体のフェイクニュースに踊らされていることを知っていただきたい(本日8月30日に反GM団体の招待でこの博士が日本にきて講演中とか?)。洞察力のある科学者たちは、そのような怪しい論文をまったく相手にしていないのだが、自然食品を信奉する方々が制作したとんでもビデオで遺伝子組換え作物の”危険”をでっちあげる内容に騙されてしまう消費者が多いのは大変残念だ。

 そのようなGM作物の不安を煽る実験データを信じてしまった方々は、唐木英明先生(食の安全・安心財団理事長/東京大学名誉教授)の以下のご講演レジュメを読んで、本当のGM作物のリスクとともに科学的真実は何なのかを見極めていただきたい。

遺伝子組み換え作物(唐木 英明/食の安全・安心財団理事長・東京大学名誉教授 <講演レジュメ/866KB>(食の安全と安心フォーラムⅫ -SFSS創立5周年特別企画- 2016年2月14日(日))

 この遺伝子組換え作物の健康リスクについては、現時点で非遺伝子組み換え作物と比較した場合に差がない(天然物がゆえのリスクはどちらも残存している:たとえばアレルゲンや天然の発がん物質など)というのが食品安全の専門家の見解だ。遺伝子組換え作物そのものを食品中のハザードと解釈するなら、その健康リスクは許容範囲、すなわち「安全」と評価すべきであり、遺伝子組換え作物は「食の安全」の問題ではなく、あくまで「食の安心」の問題なのだ。

 なので、最初にご紹介した鳩山元首相の「国民の健康」云々も、ニュースで拡散されている”危険食品”もすべて事実に反することになる。もし情報発信者が、国民の健康に悪影響がないことを知りながら、この誤情報を意図的に発信・拡散したのであれば、これは「フェイクニュース」とわれわれのファクトチェック判定になるところだ。

 遺伝子組換え作物は「食の安全」の問題ではなく「食の安心」の問題だ、と筆者は常に主張しているが、それはどういう意味なのか。消費者市民にとっては「安全」も「安心」も大事じゃないかと思われる方々も多いことだろう。だが、健康リスクが無視できると専門家が評価して、「安全」が確保されているにもかかわらず、”危険”・”健康に悪影響”などという誤情報が発信されると、それこそ「食の安心」、すなわち遺伝子組み換え作物の安全確保に対する消費者の信頼が失墜していくことが問題なのだ。

 ただ、輸入された遺伝子組換えトウモロコシの一部でも食用に使われているのであれば、たとえその遺伝子やタンパクが最終食品に残存していないとしても、これは「食の安心」の問題、すなわち「安全とはいいながら、天然物に外部遺伝子を導入したというコンセプト自体が嫌だ」という消費者市民の気持ちは尊重すべきと考えるべきだ。なので、筆者は常に「食の安心」情報は情報開示を推進すべきと主張しており、遺伝子組換え原料についても使用したことが消費者市民にわかるように食品事業者が何らかしらの方法で情報開示すべき(ラベル表示を義務化するとリスク誤認を助長するため不適)と考えている。

 その意味では、2016年7月に成立した米国の法制度:「全米遺伝子工学食品情報開示法」(パブコメなどを経て施行にむけて現在も検討中)がもっとも合理的ではないかと思う。

遺伝子組換え作物 世界各国の法制度/米国(バイテク情報普及会HPより)

 すなわち、加工食品のラベル表示までは義務化せず、遺伝子組換え作物かどうかを知りたい消費者がQRコードやインターネットを介して情報入手を可能とする(情報開示を義務化する)というやり方だ。この方法であれば、筆者が主張している「食の安心」情報は消費者市民のリクエストに応じて情報開示すべきであり、ラベル表示を義務化すべきではないという見解に近いものと考える。

 消費者市民が食品を合理的に選択するための情報なのでラベル表示すべきだと主張する方々は、もっとも重視すべき「食の安全」情報のラベル表示スペースがどんどん小さくなっていく現実をよく考えていただきたい。原材料情報のうち、遺伝子組換えか否か、食品添加物の化学物質名、原料原産地情報などの「食の安心」情報をすべてラベル表示することで、食品表示はどんどん消費者から見えにくくなる、すなわち大切な「食の安全」情報を消費者市民が見逃してしまうことは、直接の健康リスクにつながるのだ。こんな食品表示制度にして、国による食品のリスクアナリシスは正常に機能するとは思えない。

 「食の安全」情報と「食の安心」情報をどのように消費者市民に伝えていくべきか、これは「安全第一、安心は二番目であるべき」という基本姿勢で公共政策を検討すべきと考える。

SFSSサイトの「理事長雑感」(2019年8月31日掲載)より了承を得て一部修正の上、転載しました)

著者紹介

山﨑 毅(Yamasaki, Takeshi)

NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長、FIJ理事
獣医師、獣医学博士(東京大学)、リスク学者。製薬会社を経て、2011年にSFSSを設立。専門は食の安全・安心、リスクコミュニケーション、機能性食品など。