誤情報はなぜ繰り返されるのか―『蛇口』神話を事例に【保科俊】


 2018年、ツイッターを中心に「蛇口が青いと飲める、何もなければ飲めない」という誤情報が拡散された。調査したところ、これに似たような「言説」は、10年くらい前から繰り返されている可能性があることがわかった。

 Webメディア『ねとらぼ』の記事によれば、2018年10月、蛇口の「ハンドルの中心に青い印があれば飲み水、色がないものは飲めない水が出る」という情報がツイッター上で5万回以上拡散された。この情報は、TOTO広報部に取材した上で、「デマ」であったことがわかっている。

 筆者は、この記事を読んだ後、過去にも似たような「言説」は広がっていたのではないかと考え、「ヤフー智恵袋」で「蛇口 青」をキーワードとして検索してみた(SNSと違い、身近な相談内容がそのまま残り、自浄作用により削除される可能性が低いと考えられたためである)。その結果、ヒットした数は255件、うち4件が何らかの形で蛇口の色に疑問を投げかける内容の書き込みであった。

 蛇口の色についての何らかの質問をしている疑問「言説」は2008年から確認することができた。また、青い蛇口は飲用なのではと質問している内容は、2011年から確認することができた(図1)。2011年には、「友人たちは、青が飲めるで赤が飲んでいけない黄色は飲まないほうがよいだといっているんですが…」と書かれており、青は飲める蛇口であるという話があることが書かれていた(図2)。

(図1)
(図2)

 ここで、「デマ」などの概念について、社会学的な解説を少ししておきたい。まず、注意すべきなのは、「うわさ」と「デマ」は、厳密には違った概念である(木下1994)。「デマ」とは「本来、政治的な対立者を中傷する目的で悪意ある情報を捏造すること」、「うわさ」は「人々のあいだから自然発生的に生じた情報が、それに関心をもつ集団の内部に拡がっていく現象」(廣井1988、pp5-6)である。

 筆者なりに説明をすれば、「うわさ」や「都市伝説」とは、必ずしも間違いということではなく、あいまいであったり裏取りがなかったりエビデンスがないのに、拡散することやコミュニケーションや情報のことをいう。他方、「デマ」とは、狭義には、政治的な扇動を目的として意図を持って流した情報のことを指す。筆者は、以前より、「悪意」を断定することは通常は不可能なのに、意図的にその情報を流したかのように見える「デマ」が強調される見出しを書くことに疑問を持つことが多かった。

 今回の事例でも、意図的に情報を流した人がいたのではなく(いたかもしれないがそれはわからない)、どこかで見聞きした情報をツイッター上に流したのではないかと思っていた。社会学や社会心理学の「うわさ」や「流言」の研究では、こういった情報というのは意図的な「デマ」だけではなく、ある状況などによって、結果的に間違った情報を拡散することがあるということがわかっている(もちろん意図的な「デマ」もある)。

 有名な事例では、関東大震災時の「流言」や東日本大震災時の「流言」、銀行の取り付け騒ぎ(1973年12月の豊川信用金庫に対する取り付け騒ぎが代表的)があろう。「流言」とは社会的な「うわさ」を指す。ただし、社会学、社会心理学の立場であっても「流言」と「うわさ」の区別は難しく、研究者によってわけている場合もあればわけていない場合もある(廣井2001、p29)。

 一方、「フェイクニュース」とは、特に日本では、「デマ」と同義で使われることが多いが、他の類似概念と比較して、研究の蓄積もまだ少なく、しっかりと定まったものとはいえない。ただし「フェイクニュース」というある種矛盾を含んでいる概念について考えることは、疑義のある情報全体を理解する助けになる。ここで、コリンズ辞書から「Fake News」の意味を見てみよう(笹原2018)。

フェイクニュース 名詞
ニュース報道の体裁で拡散される、虚偽の、しばしば扇情的な内容の情報

fake news  noun
False, often sensational, information disseminated under the guise of news reporting

 この意味からすれば、「フェイクニュース」とは、何らかのニュース報道という体裁を持っていなければならないことがわかる。そして、今回の事例をもとに、どこまでが「フェイクニュース」で、どこまでが「うわさ」なのかと考えていくと、おもしろい。

 今回の蛇口の事例では、「ニュース報道の体裁」といえる「フェイクニュース」らしいものは見つかっておらず、「うわさ」や「都市伝説」、誤情報とはいえそうである。その区分けは、とても難しいが、何らかの形で、ニュース報道の体裁をもっているブログなりが、もし、今回の蛇口に関する事例を記事化していた場合それは「フェイクニュース」といえるかもしれない(『ねとらぼ』は蛇口に関する誤情報を紹介したのではなく、蛇口に関する誤情報を「デマ」と指摘した記事を作成した。『ねとらぼ』の記事で紹介された情報が実は「デマ」ではなかった場合、その記事はフェイクニュースとなる可能性はある)。

 今回の「蛇口が青いのは飲用である」という誤情報についても、単純な「デマ」というよりも、オルレアンのうわさ(モラン)や、魚雷(a torpedo)のような一度発射されると自動的に動くうわさ(クナップ)、または潜水流言(廣井)として考えるべき現象であろう。つまり、必ずしもうわさや都市伝説とまではいかなくとも,何らかの形で蛇口の色について疑問を持っていた人がこれまでもいてたびたび拡散していたのではないか。

 今回誤情報の対象となった蛇口は、様々な場所で日常的に用いられているが、疑問に対する細かな情報の検証を行わないものの一つであろう。

 密接に日常生活にかかわっていながら、その役割や仕組みについて、知ることなく使用されている。このように身近な水道に関する情報であっても、疑義のある情報というのは存在し、場合によっては拡散し、無用の混乱を生じさせる可能性がある。疑義のある情報や時代にあっていない諸情報を放置しないとすれば、継続的に何らかの形で、一般市民に向けた正確な情報発信の必要があろう。

【参考・引用文献】
・木下冨雄(1994)「現代の噂から口頭伝承の発生メカニズムを探る-「マクドナルド・ハンバーガー」と「口裂け女」の噂」『応用心理学講座4』pp.45-97,福村出版.
・笹原和俊(2018)『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』化学同人.
・廣井脩(1988)『うわさと誤報の社会心理』NHKブックス.
・廣井脩(2001)『流言とデマの社会学』文藝春秋(文春新書).
・エドガール・モラン(1997)『オルレアンのうわさ―女性誘拐のうわさとその神話作用(第2版新装)』みすず書房.(Morin, E.,LA RUMEUR D’ ORLÉANS,Seuil(1969))
・Knapp,R.H., 1944, “A psychology of rumor,” Public Opinion Quarterly,8, pp.22-27.
・福田瑠千代,ねとらぼ:「「蛇口に青い印があれば飲み水、そうでなければ飲めない水」Twitterでデマ広がるTOTO「蛇口の見た目では判断できません」」,ねとらぼ,2018-10-25(URL参照2018-11-30).
・「少し古い型だと蛇口のひねるところの上に赤と青の丸い印があって」,Yahoo!知恵袋, 2008-8-22(URL参照2018-11-30).
・「蛇口の黄色は何? – 蛇口の真ん中の青は水で、赤はお湯ですよね」,Yahoo!知恵袋, 2009-5-19(URL参照2018-11-30).
・「蛇口の上に青い●が有れば飲料用ですか?」,Yahoo!知恵袋,2011-2-4(UR+参照2018-11-30).
・「公園などの水道で 蛇口の上にある丸い色のついてる 部分の意味って」,Yahoo!知恵袋,2011-8-13(URL参照2018-11-30).
・「水道蛇口の取っ手部分に青マークや赤マークが入っており、意味は水かお湯と」,Yahoo!知恵袋,2013-5-10(URL参照2018-11-30
著者紹介

保科 俊(Hoshina, Shun)

FIJ研究員。東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程在籍中。宮城県出身。2011年東洋大学大学院社会学研究科博士前期課程入学。「東日本大震災における流言の社会心理メカニズムの研究」により社会学修士号。「ジャーナリズム」をふまえたうわさの研究を模索している。