フェイクニュース対策に潜む根本的問題(2) 「真実の裁定者」は誰か【一田和樹】


世界のほとんどの国では為政者が「真実の裁定者」となっている

 ここまで書いてきて、“世界のほとんどの国では為政者が「真実の裁定者」となっている”と言うとちゃぶ台をひっくり返すように思われるかもしれないが、残念ながら事実である。

 実はこれまでの説明は民主主義の国での話である。たとえば中国をイメージしていただくと状況が全く違うことは理解していただけると思う。「真実の裁定者」は政府もしくは実権を握る人物や組織とはっきりしている。彼らの判断で検閲もするし、削除するし、アカウント停止やネットのシャットダウンもする。

 誤解している方がたまにいるので申し上げておくと、民主主義国家は全世界においては少数派である。たとえば、国際通貨基金(IMF)とエコノミスト誌のエコノミスト・インテリジェンス・ユニットの民主主義指数によれば「完全な民主主義」(full democracy)の国は20カ国であり、その人口は世界の4.5%にすぎず、GDPでは20%を下回る(Democracy Index 2018)。世界全体の民主主義指数は2006年に公開して以来、下がり続けているため今後さらに数値は低くなる可能性もある。このへんの話は下記の記事にくわしく書いたので興味ある方はご覧いただければ幸いである。

極論主義とネット世論操作が選挙のたびに民主主義を壊す。このままでは5年以内に世界の民主主義は危機を迎える<(一田和樹、2019年4月20日、Harbor Business Online)

 「完全な民主主義」でなくても民主主義を標榜している国は多いが(日本やアメリカのように)、その中でも実質的に独裁や全体主義と考えられる国はいわゆる「illiberal democracy(エセ民主主義などと訳される)」と呼ばれる(なお、前掲資料ではFlawed DemocraciesあるいはHybrid regimesと呼んでいるが、ここではこれらを総称した呼称としてilliberal democracyを用いた)。形式上、選挙などのプロセスを経ているが、正しく運用されていない(ご存じのようにロシアでも選挙は行われている)。これらの国のほとんどは為政者が「真実の裁定者」として機能している。

 世界の多数を占めるilliberal democracyの国では、政府自身がネット世論操作を行い、フェイクニュースを発信している。それをフェイクニュースと批判した者は逆に政府からフェイクニュース発信者として糾弾されることになる。

 なお、前掲のDemocracy IndexのFlawed Democraciesの国々を含めるとほぼ半数が民主主義の国になるが、このカテゴリーには文字通り瑕疵のある民主主義の国が含まれる。いちおう民主主義ではあるが、エクアドル、フィリピンなどもこのカテゴリーに入っており、基準はゆるい(注1)。その一方で日本やアメリカといった一見民主主義国に入れてよさそうな国も含まれている。しかし、日本は少数民族虐待を行っているミャンマーやロシアといった民主主義ではない国(Democracy IndexのHybrid regimesやAuthoritarian regimes)を支援している。民主主義を否定する価値観を容認し、支援し、その発展を助けている以上、illiberal democracyに分類すべきと考えた。他のFlawed Democraciesの国々もそれぞれ民主主義の価値観とは相容れないものを許容している問題がある。

 世界におけるネット世論操作の状況を整理した『Challenging Truth and Trust: A Global Inventory of Organized Social Media Manipulation』によれば世界48カ国でネット世論操作が政府によっておこなわれているが示されている。このレポートは公開資料を元にしているので、実際にはもっと多いと思う。

Challenging Truth and Trust: A Global Inventory of Organized Social Media Manipulation(2018年7月20日、Samantha Bradshaw & Philip N. Howard)

SNS 利用者も「完全な民主主義」以外の国民の方が多い

 当然ながらSNS利用者も圧倒的に「完全な民主主義」以外の国民の方が多い。世界のSNS利用者ランキング10位のうち4つまでを中国のSNSプラットフォームが占めており、残りの4つはフェイスブックグループ(フェイスブック、WhatsApp、インスタグラム、フェイスブックメッセンジャー)、1つはYouTubeである。中国のSNSプラットフォームは中国の世界観の元に動いている(あるいは監視、規制されている)。

 さらに、フェイスブック社が投資家向けに公開している決算資料のスライド(最新のものはFacebook Q2 2019 Earnings,2019年7月24日で2017年からの推移を確認できる)によれば、フェイスブックグループの利用者の約70%はアジア、中南米、アフリカであり、その多くは先ほどの「完全な民主主義」ではない。このことからもどれほど「完全ではない民主主義」の国の利用者が多数派になっているかわかる。

 世界市場を相手にするSNSプラットフォーム事業者が、利用者の70%を占める国々で、その国の「真実の裁定者」に真っ向から反対するようなことができるとは思えないし、実際やっていない。あまりにも目に余る政府関係のアカウントの削除などは行っているが、全体からすれば微々たる数値に留まっている。

 おかげでアジアや中南米、アフリカでSNSプラットフォームはネット世論操作の温床となっている(詳しくは注釈(1)参照)。

 特にひどい事態になっているのはミャンマーの少数民族虐待で、正規軍が虐待の当事者となっている。フェイスブックグループのサービスは虐待において効果的に用いられており、国際的な非難が集まっている。同社は対応を約束しているが、実効性のある手は打てていない(あるいはやる気がない)。同社がどれほど後手にまわっており、実効性に乏しいことをしてきたかについては下記を参照されたい。あわせて、フェイスブック社が今後進もうとしている方向については下記の記事に書いたので興味ある方はご覧いただければ幸いである。

ロヒンギャ問題で日本とフェイスブック社が批判を受け続ける理由(一田和樹、2019年4月21日、文春オンライン)
フェイスブック社の新方針はネット世論操作を利する!? 考え得る最悪のシナリオ(一田和樹、2019年5月8日、Harbor Business Online)

民主主義的世界観に守るためには行動を起こす必要がある

 多くの国の為政者が「真実の裁定者」となっている以上、全世界に通用する「真実の裁定者」を想定するのは難しい。もし存在するとしたら多数派の「完全な民主主義」ではない国の世界観に基づく「真実」を受け入れなければならず、人権や言論の自由は大きく制限されたものになるだろう。そもそもその世界観の中ではファクトチェックの必要性すら薄れてくるし、フェイクニュースは言論を抑圧する方法のひとつでしかない。

 世界にサービスを展開するフェイスブックグループのようなSNSプラットフォームは世界に共通の基準でコンテンツをモデレーションすることは難しい状況だ。仮に民主主義的世界観で行えば、それは「民主主義的世界観のプロパガンダ」あるいは「完全な民主主義以外の世界観の否定と検閲」に他ならない。フェイスブックグループ利用者の圧倒的多数が、民主主義的世界観を持っているならまだ正当化できる余地はあるが、前述したように利用者の70%はそうではないのだから正当化できない。

 民主主義的世界観を尊重する我々は民主主義の称揚をプロパガンダとしてとらえていないが、そうではない世界観を持つ国の政府から見るとプロパガンダになる(実際、ロシアの参謀総長ワシリー・ゲラシモフは、カラー革命を西側の作戦としている)。特定の世界観のプロパガンダをSNSプラットフォームで流布することが問題であるなら、それは民主主義的世界観にも同様に適用されなければ公平とは言えない(民主主義的世界観ではそうなる)。

 この問題はじょじょに表面化しており、先だってはツイッター社がロシアの「国営放送」を規制したことによる議論があった。ロシアを規制するならアメリカのプロパガンダメディアであるVOAも規制しないとおかしいという話だ。もしVOAが規制対象になるなら西側プロパガンダ組織DG7に参加している日本のNHKも規制されかねない(理屈では)。

ツイッター広告規制で問われる「どこまでが国営放送」か問題(MIT Technology Review、2019年8月29日)

 世界の多数の人々にとっての「真実の裁定者」は為政者であり、これはしばらく変わることがないだろう。民主主義的世界観を守ろうというのは時代の流れに逆行するドンキホーテなのかもしれない。だが、民主主義的世界観に守るべき価値があると信じるなら、そのための行動を起こす必要がある。為政者によるネット世論操作の温床になっているアジア、中南米、アフリカではそれぞれの国のファクトチェック組織やジャーナリストたちは文字通り命をかけてネット世論操作に挑んでいる。

 おそらく現在もっとも必要とされているのは、民主主義の崩壊を止めることではなく、新しい仕組みを作り出すことだろう。今の社会状況において現在の形の民主主義は期待されたようには機能しないことが明らかになりつつある。代わりになる統治形態が必要となっている。「真実の裁定者」の問題やネット世論操作、フェイクニュース、ファクトチェックもその体系の中で議論しなければ、崩壊しつつある民主主義とともに崩れ去ってしまう。

【注釈】
(1)東南アジアにおけるネット世論操作の状況については、『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(2018年11月10日、角川新書)にまとめてあります。
 2019年のインド総選挙については下記の記事を書きました。
日本も他人事ではない。世界最大の民主主義イベントで繰り広げられた壮絶なネット世論操作 
 中南米におけるネット世論操作の状況(ファクトチェック組織についても触れています)
フェイクニュースとネット世論操作はいかに社会を悪化させるか。中南米の選挙に関する報告書の恐ろしさ
激動のベネズエラ。斜陽国家の独裁者を支持すべく、暗躍するネット世論操作の実態
ネット世論操作の最先端実験場メキシコ。メディアとジャーナリズムは対抗
ブラジルの極右大統領、ボルソナロ勝利の影にもあった、「ネット世論操作」 
国民監視とネット世論操作はこう行われる! エクアドルの事例
 アフリカにおけるネット世論操作の状況(ファクトチェック組織についても触れています)
急成長するアフリカの覇権を巡り、しのぎを削る中露。経済支援・ネット世論操作でも

 

著者紹介

一田 和樹(Ichita, Kazuki)

小説家
コンサルタント会社を経ていくつかのIT企業の役員を歴任、その後、小説家としてデビュー。ダークファンタジーなど幅広い分野を手がける。著作に『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)、『犯罪「事前」捜査』(角川新書)。近著『大正地獄浪漫』(星海社)、『天才ハッカー安部響子と2,048人の犯罪者たち』(集英社)。代表作『原発サイバートラップ』(原書房、集英社)、『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)。