SNSはデマ増幅器か? 問われる使う側のリテラシー【金井啓子】


 ある朝目覚めたら、身に覚えのない罪を犯した犯罪者だと決めつけられていて、世界中に知れ渡っており、見知らぬ人たちから罵詈(ばり)雑言をぶつけられる。そのデマを知る人の数は秒単位で増えていく。そんなホラー映画ばりの恐怖が現実になった。

 高速道路であおり運転をしたとされる男が逮捕された事件。同乗の女も逮捕された。女の名前は逮捕前には明らかではなかったのだが、無関係の女性が「同乗していた女」として「特定」され、氏名や写真がネットにさらされ、女性が代表を務める会社には電話が殺到したのだった。

 容疑者の男が女性のSNSのフォロワーだったこと、逮捕された女の帽子やサングラスなどが、女性がSNSの写真で身につけていたものと似ていたことが誤認のきっかけだったのではないかと、女性の弁護士が述べたと報じられている。

 こんな理由で間違えられたらたまったものではないが、それほど単純にデマは生まれうるのだ。つまり、こういう被害はこの女性だけのものではなく、私も明日にはこうなっているかもしれないし、このコラムの読者もそうなのだ。SNSが発達して、誰もが情報を発信・拡散できる今、今回のような出来事は決して遠い世界のものではなく、身近な危険だと認識しなければならない。

 いったん誕生したデマは、さまざまな人の手を経て広まっていく。面白ければ真偽に関係なく広める人、悪事は許せない正義感を持つ人、犯罪者は早くつかまえた方が安全だと信じる善意の人、誰かをたたくのを楽しむ人…。

 こんな事例を目にすると「ネットは怖い」「SNSは使わない方がいい」「政府は規制を」という声を上げる人もいるだろう。だが、私はジャーナリズムに関する大学の講義でSNSを扱う時に「危険があるからといって、こんなに便利なSNSをやめるなんて無理だよね」と話す。高校時代までSNSの害ばかり大人に聞かされてきた学生は「大学の先生でもある大人がSNSを使うことを推奨するなんて」と驚く。

 だが、いったん生まれた道具を否定するなんて愚の骨頂。交通事故が多いからと、車を捨てて徒歩で大阪から東京まで歩くことをしないのと同じだ。それに、規制によって言葉を発する道具を取り上げることは、表現の自由を侵害する重大な問題であり、この国に少しは残っていると信じたいそういう自由をやすやすと手放したくない。

 大切なことはSNSを過信せず、情報の真偽を確認し、拙速な拡散は避けるなど主体的に使いこなすことだ。それだけでSNSは随分使い勝手のいい道具になる。

 ホラー映画の中の虚構ならば娯楽として楽しめる。だが、現実の社会で起きたこの出来事はいつ自分に降りかかるかわからない。明日の朝目覚めた時に私を取り巻く世界が変わっていないことを願いながら、きょうもSNSを使い終えて眠りにつく。

大阪日日新聞・連載コラム「金井啓子の現代進行形」(2019年8月22日)より)

著者紹介

金井 啓子(Kanai, Keiko)

近畿大学総合社会学部教授(ジャーナリズム)。Regis College(米国)、東京女子大学卒業後、ロイター通信の東京・大阪支局、ロンドン本社で記者、エディター、翻訳者として18年間勤務。2008年より近畿大学にて勤務。著書に『コラムで学ぶジャーナリズム グローバル時代のメディアリテラシー』(ナカニシヤ出版)。