学校図書館関係者が「フェイクニュース問題」の議論を始める【坂本旬】


 8月7日と8日、日本図書館協会が「学校図書館から考える情報の信頼性一インターネット・新聞・ニュース…時事的な情報とどう向き合うか」というテーマを掲げた学校図書館部会夏季研究集会を法政大学で開催した。記念講演は、FIJ事務局長の楊井人文氏による「情報の真偽を確かめるファクトチェック―基本ルールを知る」であった。

 おそらく教育関連団体として「フェイクニュース」問題を含むオンライン情報評価能力育成というテーマを真正面から議論したのは初めてだったのではないだろうか。意外に思われるかもしれないが、日本の教育関係者の間ではこれまで「フェイクニュース」問題はほとんど議論になることはなかった。日本の子どもたちも他の国々と同様に日常的にインターネットの虚偽情報に接しているにも関わらずである。

 研究集会では、東京新聞記者の鈴木賀津彦氏から「教育現場で記者をもっと『活用』しよう〜新聞を読む授業実践の報告〜」として、鈴木氏とスマートニュース社によるスマホでニュースの見出しを作る実践が報告された。

 また、司書教諭からの実践報告として、東京純心女子中学校・高等学校専任司書教諭遊佐幸枝氏から中学3年生が時事問題を選んで調べ、最後には「時事問題スピーチ」するという実践が紹介された。法政大学第二中・高等学校国語科教諭野村香織氏からは新聞を比較する実践やオンラインのニュース情報を読み解く実践などが紹介された。その後、図書中心の情報からオンライン情報の評価能力の育成をめぐって討論が行われた。

日本図書館協会 学校図書館部会第48回夏季研究集会東京大会

米教育・図書館界は2017年から動き出す

 実は、米大統領選後のアメリカの教育界の動きは極めて迅速だった。米大統領選直後にスタンフォード大学歴史教育グループがアメリカの中学生から大学生まで約7000人を対象にオンライン情報評価能力を調べたところ、深刻な結果が出たことが発表されたことも一因である。アメリカの子どもたちは本物のニュースと広告付きニュースを区別することさえ困難だった。

Stanford- EVALUATING INFORMATION: THE CORNERSTONE OF CIVIC ONLINE REASONING
偽のニュース、10代の多くは見分けられず=米調査(WSJ 2016/11/22)

 これもまた意外に思うかもしれないが、この問題にもっとも早く動いたのはアメリカの図書館界だった。2017年1月16日付けのオンライン版『学校図書館ジャーナル』は「学校司書は偽ニュースをめぐる危機に対してリーダーシップをとる機会がある。司書は、情報リテラシーについて実績を持った権威として、生徒がニュースの正しさを分析できるよう支援することができる。今こそ、マウンドに上がる時だ」と書いている。筆者はこのような大統領選直後のアメリカの教育界の動きを論文にまとめている。

坂本旬「『ポスト真実』とメディア情報リテラシー ―米大統領選と偽ニュース問題―」(法政大学キャリアデザイン学部紀要, 2017)

 もともと欧米の学校現場で情報の評価の仕方を教えているのは学校司書である。世界的には、情報の収集、評価、整理、発信の一連のプロセスに関わる能力を情報リテラシーと呼ぶ。図書館司書はそのための教育プログラムを用意し、さまざまな学校種の図書館で活動を行っている。例えば、大学ならば図書館が情報リテラシー教育プログラムとして、データベースの使い方やレポート・論文の書き方を教えている。それは日本でも同様だ。つまり、その延長線上にインターネットの情報評価も含まれると考えるのだ。

 アメリカの図書館協会はすぐさま図書館用の情報評価チェックリストをオンライン用に改良して全米の大学図書館や学校図書館で使い始めた。だから、日本の図書館界が日本の教育団体としてはもっとも早くこの問題に反応したのは当然と言えば当然なのである。

メディア・リテラシーと情報リテラシーの区別

 お気づきだと思うが、アメリカではオンライン情報を評価する能力は情報リテラシーであって、メディア・リテラシーとはいわない。日本では情報の真偽を判断する力をメディア・リテラシーだと思っている人は多い。例えば、NIE(教育に新聞を)はメディア・リテラシーを「真偽を含め情報を見極めて取捨選択しながら活用し、時に自らが発信者となる力」と定義しているが、このように定義してしまうと情報リテラシーと区別がつかなくなってしまう。

 世界中のメディア・リテラシーの定義を見ても「情報の真偽」という言葉はどこにもない。国際的に有力な定義を総合的に勘案して、もっとも正確に定義すれば、「民主主義社会におけるメディアの機能を理解するとともに、あらゆる形態のメディア・メッセージへアクセスし、批判的に分析評価し、創造的に自己表現し、それによって市民社会に参加し、異文化を超えて対話し、行動する能力」となる。メディア・リテラシーの本来の意味については、今回は書ききれないので、別に稿を改めたい。

いま注目されるニュース・リテラシーとは

 今日、アメリカで今もっとも注目されているのは、ニュース・リテラシーである。さまざまな財団から巨額の資金を得て、運動は大きく拡大しつつある。

 簡単に言えば、ニュース・リテラシーとは、ジャーナリズムを基盤とした、ニュースと情報の信頼性を分析判断する能力のことである。つまり、NIEのメディア・リテラシーはむしろニュース・リテラシーに近い。

What Is News Literacy?(Center for News Literacy)

 図書館界が開発したチェックリスト方式にはさまざまな批判がされるようになった。Webページをいくらチェックしてもそれだけでは情報の真偽は判断できないからだ。

 そこで再びスタンフォード大学歴史教育研究グループの登場である。彼らは学校におけるいじめ問題に関する二つの医学団体のサイトの信頼性を10分以内で評価するテストを行った。テストに参加したのはファクトチェッカー、歴史研究者、学生の3つのグループである。ただし、このテストはファクトチェックを目的にしているのではなく、あくまでもサイトの信頼性の内的および外的評価である。ファクトチェッカーがどのように評価するのか、そのプロセスを分析することが目的であって、サイトの記事のファクトチェックを目的にしているわけではない。

 このテストの結果、ファクトチェッカーのグループは全員がそのうちの一つをより信頼性が高いと評価した。一方、歴史研究者のグループは50パーセント、学生のグループは20パーセントに過ぎなかった。ファクトチェッカーによって信頼性が高いと判断された団体は64000人の会員で構成されていた。もう一方は500人の団体であり、極めて保守的な傾向を持っていた。

 ファクトチェッカーたちはさまざまな資料から後者のサイトがLGBTを中傷していることを見出した。そして「いじめ」に関する記事内に「あらゆる子どもも特別に扱われるべきではない」という表現に注目したのである。

Lateral Reading: Reading Less and Learning More When Evaluating Digital Information

 ファクトチェッカーは何をしたのか。彼らは一つのページだけを読むのではなく、ブラウザのタブを次々に開いてそのサイトの社会的評価を調べたのである。このようにサイトを上から下に読むのではなく、タブを開いて横に読んでいくやりかたをスタンフォード大学歴史教育グループは「横読み(Lateral Reading)」と呼んだ。このファクトチェッカーの方法が学校図書館を中心に学校現場に急速に広がりつつあるのである。

 こうした「横読み」は情報リテラシーともニュース・リテラシーとも言えるだろう。もちろん日本の学校図書館界でも「横読み」はこれからの探究学習に必須な方法として認識されることになるだろう。ただし、日本の学校にも「横読み」ができるインターネット環境を整えることが必要だ。

 「横読み」を含むファクトチェックについてのより具体的な手法は、ワシントン州立大学バンクーバー校のブレンデッド・ネットワーク・ラーニングのディレクターを務めるマイク・コールフィールドが大学生向けに書いたオープン・テキスト『学生ファクトチェッカーのためのウェブ・リテラシー』に詳しい。

Web Literacy for Student Fact-Checkers(Open Textbook Library)

h4>3つのリテラシーの定義を明確に

 日本では情報リテラシー、メディア・リテラシー、ニュース・リテラシーの定義が明確ではなく、しばしば混同したり、世界標準の定義とは異なっていたりしている。そのため、国外の理論や実践を日本の学校現場に導入するための大きな妨げとなる。これらのリテラシーは実際のところ、(情報リテラシーは)図書館、(メディア・リテラシーは)メディア教育に携わる教育関係者、そして(ニュース・リテラシーは)ジャーナリストという3つの団体や組織と結びついており、現代はこれらの組織の連携や協働が世界的に求められている時代である。

 そしてその最前線に立つのがユネスコ(UNESCO)なのである。ユネスコはこれらすべてのリテラシーを包含したメディア情報リテラシーを推進している。日本でも虚偽情報と教育に関する議論と実践を始めるためには、まずこれらの定義を明確にすることが先決だ。

著者紹介

坂本 旬(Sakamoto, Jun)

法政大学キャリアデザイン学部教授(図書館司書課程)、同大市ヶ谷情報センター長。東京都立大学大学院教育学専攻博士課程中退。教育系出版社や週刊誌などの編集者、雑誌執筆者を経て、1996年より法政大学。アジア太平洋メディア情報リテラシー教育センター(AMILEC)・福島ESDコンソーシアム代表として、ユネスコのメディア情報リテラシー・プログラムの普及に取り組む。基礎教育保障学会理事。