総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」(以下検討会)が、日本における偽情報・誤情報(以下偽・誤情報)対策のとりまとめ案[i]を公表しました。根拠に基づいて情報の真偽を検証するファクトチェックの重要性を指摘しており、その点については、2017年の設立以来、日本におけるファクトチェックの支援・推進活動に取り組んできた私たち特定非営利活動法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)[ii]としても評価できる内容と受け止めています。また、とりまとめ案に盛り込まれた、マルチステークホルダーが連携して継続的に偽・誤情報対策を議論・検討する協議会(以下新協議会)の設置も必要なことと考えます。しかしながら、ファクトチェック組織の独立性や新協議体に関する記述が曖昧であり、政府主導のファクトチェック組織や新協議体の出現を許容しかねない内容になっていることを危惧します。他箇所の記述も含めて「表現の自由」を侵害する懸念が生じます。ファクトチェック組織(関連組織を含む)および新協議体は政府等の公的機関からの独立が必須であり、FIJはそのことの明記を強く要望します。
本文では、まずFIJが2017年6月の設立時に作成した設立趣意書[iii]をもとに、ファクトチェックについての考え方を説明します。続いてとりまとめ案に対する要望を4 点に分けて記述します。最後に伝統メディアの関係者に向けてファクトチェックの取り組みへの呼びかけをいたします。
FIJのファクトチェックの考え方
設立趣意書に記したように、FIJは、人々が事実と異なる言説・情報に惑わされ、社会の分断が深まることを望みません。質の高いファクトチェック活動の拡大が、偽・誤情報に対する人々や社会の免疫力を高め、そのことが言論の自由を守り、民主主義を強くすると考えています。ただし、ファクトチェックも言論の枠内のものであり、検閲や排除を志向するものではありません。
FIJは設立趣意書のなかで「ファクトチェックをジャーナリズムの重要な役割の一つ」と位置づけました。「ジャーナリズムの教科書」といわれるビル・コバッチらの『ジャーナリズムの原則』[iv]はジャーナリズムの10の原則を掲げています。その中には、「真実に対する義務」「市民への忠誠」「検証の規律」などと並び「取材対象者からの独立」「権力に対する独立した監視役」が含まれます。ジャーナリズムであるファクトチェック活動においても、権力を有する政府等公的機関からの独立が必須になります。
ファクトチェック組織の独立性
とりまとめ案では、「総合的対策」の柱の一つとして「社会全体へのファクトチェックの普及」を取り上げています。様々な主体によるファクトチェック実施の重要性を指摘した上で、「ファクトチェックを専門とする機関の独立性確保に留意しつつ」、持続可能なファクトチェックのシステムを社会全体で作り上げていく必要性を提起しています[v]。
この文中の「留意」は「心に留める」という意味であり、「必須」とは大きく異なり義務性をもたない言葉です。また、「政府からの独立」という具体的な表現もみられません。こうした記述の曖昧さが「官製ファクトチェック」[vi]の出現を許容する可能性があります。例えば、政府から資金的、あるいは政治的な支援を受けたファクトチェック団体が出現したり、特定の政治的主張を目的とする団体が、国際的な基準を無視して「ファクトチェック団体」を名乗り、政府に批判的な言説を「ファクトチェック」と称して批判したりする事態が危惧されます。それを防止するためには、より厳密な表現が求められます。具体的には「政府・公的機関などからのファクトチェック組織の独立性確保が必須」との明記が必要だと考えます。
新協議会の独立性
とりまとめ案のうち具体的な制度設計をまとめた部分(ワーキンググループ中間とりまとめ案)には、今後、継続的に偽・誤情報対策を議論・検討していく枠組みとして、「国内外の民産学官のマルチステークホルダー」の連携協力による新協議会の設置が提言されています[vii]。政府が大枠の制度設計をするとしています。
これは欧州における偽・誤情報対策のステークホルダーを束ねる連携組織である欧州デジタルメディア観測所(EDMO)を想定していると考えられます。EDMOに参加しているのはファクトチェック組織、学術・研究機関、メディア・ジャーナリスト、テック企業・プラットフォーム(PF)、広告業界などです[viii]。ファクトチェック、メディアリテラシー、デジタル広告、政治広告の問題など、偽情報対策を包括的に扱っています。このEDMOを欧州連合(EU)が主導して設立し、財政援助をしています。それではEDMOとEUの関係はどうなのかというと、EUの執行機関である欧州委員会(EC)のHPは「EDMOはECを含む公的機関から完全に独立した統治機構を有している」と明記しています[ix]。EDMO事務局長も「政治に左右されず、独立性・公平性を維持するのは極めて大切」と発言しています。
一方、総務省検討会が提言した新協議会は「民産学官のマルチステークホルダー」で構成されます。官の参加は、民産学では機能しなかったときの補完との記述[x]もありますが、いずれにしても官が参加する協議体であり、ECがその独立性を約束したEDMOとは性格が大きく異なります。EDMOにならい、新協議体が政府など公的機関から独立性を有することを明記し、政府もそれを認めることが不可欠と考えます。
政府・自治体からのプラットフォームに対する削除要請
ファクトチェックが直接関係する箇所ではありませんが、とりまとめ案の「政府・地方公共団体に期待される役割・責務」の部分には、「表現の自由」の侵害につながりかねない記述がみられます。
情報伝達PF事業者や広告仲介PF事業者をはじめとする民間部門との間で、偽・誤情報等の流通への対応の要請等の適切なコミュニケーションを行い、その透明性・アカウンタビリティを確保すること[xi]
「情報伝達PF事業者」とはいわゆるPFのことで、メタ、X、グーグル、LINEヤフーなどが想定されます。ワーキンググループ中間とりまとめ案にある記述[xii]から、上記の引用部分は、政府・地方公共団体がPFに対し、偽・誤情報の削除を含む対応(コンテンツモデレーション)をPFに要請等をすることを指しています。政府が使用する「要請」という言葉は強制力を持つ場合も指摘されています[xiii]。政府による偽・誤情報の削除の要請を含む上記表現は再考が求められます。
違法性のない偽・誤情報にどう対処するのか
ワーキンググループ中間とりまとめ案では、PFが対応すべき偽・誤情報を①他人の権利を侵害する違法な偽・誤情報、②行政法規に抵触する違法な偽・誤情報、③権利侵害性その他違法性はないが有害性や社会的影響の重大性が大きい偽・誤情報、の3つに分類して説明しています[xiv]。このうち、①と②は違法な情報であり、既存の法律に基づいて対応できるため、検討会にとって重要なのは③の「違法性はないが有害性や社会的影響の重大性が大きい偽・誤情報」の検討になると考えられます。ワーキンググループ中間とりまとめ案では、③の偽・誤情報については具体的な事例の提示もみられず、かつ「客観的な有害性」と「社会的影響の重大性」の程度は今後さらなる検討が必要[xv]と述べているに過ぎず、本検討会での議論が十分ではないことを示唆しています。最低限、対応すべき③の偽・誤情報の「客観的な有害性」と「社会的影響の重大性」について具体的な見解をまとめたうえで、世に問うべき内容だと考えます。
とりまとめ案とワーキンググループ中間とりまとめ案の最大の問題は、その構造が複雑なうえ同様の説明が少し形を変えて複数回使われるなど、論理的に整理され切れていないところです。読めば分かりますが、偽・誤情報の具体例として取り上げられているのは、デジタル広告(なりすまし広告など)と、災害発生時に拡散される偽・誤情報(とくに2024年1月の能登半島地震時のもの)の分野に集中しているように見受けられ、すべての分野の偽・誤情報が詳細に検討されているわけではありません。
伝統メディアのファクトチェック参画への期待
最後に、新聞、放送などの伝統メディアのファクトチェックについて期待を述べたいと思います。
とりまとめ案には「伝統メディアに期待される役割・責務」として4項目が記されています。そのうち最初の項目を紹介します。
デジタル空間で流通する情報の収集・分析を含む取材に裏付けられ、偽・誤情報等の検証報道・記事や偽・誤情報等の拡散を未然に防ぐコンテンツを含む信頼できるコンテンツを発信すること[xvi]
偽・誤情報等の検証報道・記事という表現はありますが、ファクトチェックを手掛けることが伝統メディアの責務である、という表現は他の3項目を含めて見当たりませんでした。大変残念なことだと考えています。FIJの調べでは、伝統メディアにおいてもすでに11組織がファクトチェックに取り組んだ経験を有し[xvii]、ファクトチェックアワード2024では沖縄タイムスのファクトチェック記事が優秀賞を受賞しました[xviii]。
ユネスコが作成した『ジャーナリズム教育トレーニング・ハンドブック』は疑義言説の検証について「ジャーナリストは情報源によって提示された疑義言説(それがメディアで報道された言説であれ、直接、ソーシャルメディアで出てきた言説であれ)の検証というジャーナリスティックな仕事を、ファクトチェック組織に任せておいてはいけない」[xix]と書いています。海外では、AFPやワシントン・ポストなど多くの伝統メディアがファクトチェックに取り組んでいます。
FIJではファクトチェックの対象となりうる疑義言説を日々収集し、ClaimMonitor[xx]という疑義言説データベースを収録。ファクトチェックを手掛けるメディアに無償で提供しています。多くのメディアがこうした取り組みに参画されることを期待しています。
<注>
[i] 『とりまとめ案』. URL : https://www.soumu.go.jp/main_content/000958308.pdf
[ii] FIJ HP. URL : https://fij.info/
[iii] FIJ設立趣意書. URL : https://fij.info/about/outline/purpose
[iv] Kovatch, B. and Rosenstiel, T. “The Elements of Journalism, Revised and Updated 4th Edition: what newspeople should know and the public should expect”, Three River Press, 4th edition, 2021, xxvii
[v] 『とりまとめ案』, 「社会全体へのファクトチェックの普及」, 292頁
[vi] 海外の事例では政府直属の「ファクトチェック」組織もみられる。権威主義国家の中国では中国共産党直属の国家インターネット情報弁公室のファクトチェックサイト「辟謡」があるほか、中国共産党の下にある「中国中央テレビ」「新華社」「人民日報」のオンライン版はそれぞれファクトチェック部門やコーナーを設けている。また、東南アジアのマレーシア、シンガポール、タイではオンライン偽情報対策の法制度を作り(マレーシアはその後同法を廃止)、それぞれ政府直属のファクトチェックサイトを運営している。各サイトの全投稿のうち政府擁護投稿が35~46%を占めている。東南アジアの事例はSchuldt, L. ’Official Truth in a War on Fake News: Governmental Fact-Checking in Malaysia, Singapore, and Thailand’, “Journal of Current Southeast Asian Affairs”, Vol. 40(2), 2021, pp.340-371を参照のこと。
[vii] 『ワーキンググループ中間とりまとめ案』30頁, URL : https://www.soumu.go.jp/main_content/000958297.pdf
[viii] 特定非営利活動法人ファクトチェック・イニシアティブ発表資料「日本のファクトチェックの現状と課題」, 24頁. URL : https://www.soumu.go.jp/main_content/000948334.pdf
[ix] 同上, 26頁
[x] 『ワーキンググループ中間とりまとめ案』, 30頁
[xi] 『とりまとめ案』, 256頁
[xii] 『ワーキンググループ中間とりまとめ案』, 16~24頁
[xiii] 犬飼俊介, (2012), 「NHK 国際放送に対する「命令(要請)放送」の構造的課題~ 2006 年「追加命令」事例を中心に~」, 『早稻田政治經濟學雜誌』, 397, 22頁. 犬飼は、大阪地裁判決(2009年3月31日)をもとに「「命令放送」から「要請放送」への制度変更は,名称と一部の業務上の分類の変更以外は,実態上,旧法とさほど変わらない内容と見るべきであり,所謂「看板の掛け替え」であった感が否めない」と指摘している。
[xiv] 『ワーキンググループ中間とりまとめ案』, 20~22頁
[xv] 『ワーキンググループ中間とりまとめ案』, 15頁
[xvi] 『とりまとめ案』, 257頁
[xvii] FIJ発表資料「日本のファクトチェックの現状と課題」, 13頁
[xviii] ファクトチェックアワード2024. URL : https://fij.info/awards2024
[xix]FIJ発表資料「日本のファクトチェックの現状と課題」 , 22頁
[xx] 疑義言説データベース(ClaimMonitor). URL : https://fij.info/activity/support-system/claimmonitor
訂正:「ヤフー」を「LINEヤフー」に訂正いたしました。(2024.8.22)