エンジニアが取り持つ「予防的ファクトチェック」〜Global Fact10 報告(その2)


冒頭画像:チャットの質問にAIで自動的にファクトチェックが送られるシステム(筆者撮影)

(文中敬称略/「Global Fact10報告」はYahoo!ニュースエキスパートでの初出が2023年7月〜8月にかけてであるため、紹介されている投稿の消滅やサービス名の変更が生じております。)

世界各地からミスインフォメーション、ディスインフォメーションと戦うファクトチェッカーが集まる「Global Fact10(グローバルファクト・テン、以下『GF10』と表記)」(2023年6月27日〜30日 ソウル)の報告2回めです。

「ミス/ディスインフォメーション対策の仕事をする人やファクトチェッカーは、会社の垣根を超えて協力する態勢を作るべきだ」とこれまでも書き(例えばYahoo!ニュース個人のこのページでも、このような記事をだしました)、メディア企業にもお話ししてきました。

しかし「どのように?」という、実際の協力の方法に関しては、十分なモデルを示すことができなかったのも事実です。GF10では、非常に成功したコラボの「仕掛け人」にも話を聞くことができましたので、共有することにしました。

プロジェクトの中心となり、ファクトチェッカーを結びつけたのは、エンジニアです。

「最も先進的でインパクトがあるコラボ」賞

GF10では3日間のイベントの最後に、前回(2022年6月、オスロ)のGF9からの1年間に行われた、IFCNのシグナトリ・メディア(正式なファクトチェッカーとして認証された)によるファクトチェックの中から、優れた事例がいくつか表彰されました。

その最後に発表された「最も先進的で、インパクトがあったコラボレーション」という賞を受賞したのは、「コンフィルマ(confirma)2022」というプロジェクトです。

GF10で「最も先進的でインパクトがあったコラボ」として表彰された「コンフィルマ2022」の代表者ら(筆者撮影)

6つの団体のコラボです。ブラジルのファクトチェック・メディアが4つ、メキシコに本拠地のあるメディアが1つ、そして最後のひとつは、「ミダン(Meedan)」というエンジニアらでつくる非営利組織です。彼らが効果的なファクトチェックを生み出す原動力になっていたと言っても過言ではありません。

ミダンはジャーナリズムや人々の情報アクセス、デジタル・リテラシーなどを支援するソフトウェアやアプリを開発し提供する組織です。イギリスの他、アメリカやインドにも拠点があるほか、アジアや南米のスタッフともオンラインでつながってプロジェクトを進めています。

ディスインフォメーションが深刻なブラジル

ブラジルでは、かねてからミス/ディスインフォメーションの拡散が深刻だと言われてきました。国内のスマホの99%にインストールされていると言われているソーシャルメディア「WhatsApp(ワッツアップ:以下カタカナで表示)」の対策も遅れたこともあり、特に選挙の時に、有権者に正確な情報に基づいて投票してもらうか、ニュースメディアは非常に苦労してきました。

2018年、22年の大統領選挙でも、対立候補をおとしめる誤情報が飛び交い、深刻な社会問題となりました。2022年の選挙で決選投票を争った、ルラ現大統領とボルソナーロ前大統領に関しては、カルト宗教の信者であるとか、先住民の人肉食を受け入れたとかいうような人格攻撃から、どちらの政権が(ふたりとも大統領経験者)森林破壊を進めたかとか、新型コロナウィルスに対するワクチン対策など、データの解釈を伴う政策の評価をめぐるものまで多岐にわたるミスインフォメーションが人々を迷わせました。(BBCはその間に発生したミス/ディスインフォメーションについてこちらにまとめています。英語ですので翻訳アプリなどでお読みください。

ボルソナーロはブラジルではすでに定着している電子投票についても、信頼性がないと何度も批判してきたという経緯もありました。

2023年1月8日には、決選投票で敗れたボルソナーロの支持者、約5千人が首都ブラジリアの議会、大統領府などに乱入、2021年1月6日にアメリカで起きた米連邦議会襲撃と同種の大規模な暴力も発生してしまいました。

合理的なファクトチェックのあり方とは

ミス/ディスインフォメーションが、あまりに多く、ファクトチェッカーの数が限られているというのは世界で共通の悩みです。

そうすると、社会の安心と、暴動などを誘発しない安全のために、ファクトチェッカーのコミュニティに期待されるのは以下のような行動原則だと思われます。

①社会的に重要度の高いもの(暴動を誘発する恐れや、多くの人が間違って薬を飲むなど、命や安全に関わること)を選んで優先的にファクトチェックすること。
②異なったメディアが同じ問題をファクトチェックする「重複」をしない。
③ファクトチェックの結果は、少なくともエビデンス(証拠)を発見し検証するところまでは、どのメディアが報道しても同じなので(その後の評価やレーティングの方法は異なるにしても)、各社が共有する仕組みをつくる。
④一度ファクトチェックされたミス/ディスインフォメーションが期間をおいて蒸し返される事態に備えたり、ニュースになった時には知らなかったが、「後から知りたい人」にも知らせるために、ファクトチェックの結果はアーカイブ化して保存され、必要に応じて呼び出せるようにする。

しかし、ファクトチェックの結果を分類して保存するだけでもかなりの労力です。
ユーザーの側から考えても、政策に関するキーワードや、政治家の名前を入力するよりも、もっとカジュアルに「あの政治家って、『○○○する』ってホントに言ったのかしら?」というように、質問に応えるような形でファクトチェックの結果が示されるサービスのようなものの方が親切です。

そのような考えから、ブラジルを中心とした5社のファクトチェック・メディア(アヘンシア・ルパ、アオス・ファトス、プロエット・コンプローバ、エスタード・ヴェリフィカ、ユニバーサル・オンライン)はエンジニア集団であるミダンが世界各国の大きな選挙のたびに開発を進めてきたファクトチェックを整理し呼び出すシステムをブラジルの有権者に導入することにしたのです。

「コンフィルマ2022」の参加メディアと組織(筆者撮影)

「予防的(pre-emptive)な」ファクトチェック

彼は、「従来のファクトチェックとは、何かミスインフォメーションが発見されると、その『反応』としてなされるものだった。しかし、それでは人々の安心のためには、本当に役立っていないのではないか」と語り、もっとユーザーひとりひとりの、その時の疑問を解消できるようなサービスにした方が効果があると、設計思想を語りました。

「ユーザーひとりひとりが、わからないことを質問して、これまでファクトチェックがされた問題なら、その結果を呼び出して回答する。間違った情報が出てから右往左往するのではなく、『これって、こういう理解で合ってるよね? 正しいよね?』と先に調べておける仕組み。つまり『予防的な(pre-emptive)ファクトチェックです。」

チャットするように問い合わせ

コンフィルマ2022では、5つのメディアと、ブラジルで選挙管理を統括するTSE(高等選挙裁判所)と、合わせて6つのワッツアップのアカウントに「ティップライン(問い合わせ受付窓口)」という仕組みを作りました。

ワッツアップの仕組みは日本でよく使われるラインによく似ています。ユーザーは友人とチャットをするような、くだけた文体で選挙の仕組みや候補者の経歴や発言録などについて質問をします。文字だけでなく画像や映像を送り、「これ本当?」と問い合わせることもできます。

ティップラインのデモ画面(筆者撮影)

写真はティップラインのデモ画面です。上半分は映像や画像、リンクなどを送る形に、下の方はテキストで「新型コロナウィルスを撃退するためには、ウィルスのpHレベルより高いアルカリ性食品を、たくさん摂取しなければなりませんか?」と質問を送る直前の画面です。

ミダンはこれまでの5つのメディアの選挙に関するファクトチェックや制度についての説明などを、AIを活用して整理し、アーカイブ化しておきます。ユーザーの質問を認識して、それにマッチしたファクトチェックの結果を呼び出し、数分後には、その内容やリンクを表示し、ユーザーが正確な回答を得られるようになっています。

同様のシステムは、2022年5月にフィリピンの大統領選挙でファクトチェックを行った、ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサが共同創業者のメディア「ラップラー(Rappler)」も採用し、活用しました。

ファクトチェッカーに「宿題」も出す

社会に出回るミス/ディスインフォメーションの数もさることながら、人々の疑問や不安も多岐にわたります。コンフィルマ2022のファクトチェック・アーカイブの中には、まだストックされていない疑問や疑わしい情報もかなりの数に上りました。

そのような場合には、ユーザーに対し「現在、あなたの疑問に応えるファクトチェックはありません」と表示される一方、「ジャーナリストのチームに知らせておくから、ファクトチェックが終わり次第知らせるね」というメッセージが添えられます。

スマホ画面の中央に「質問に対するファクトチェックの答えがないので、後日ファクトチェックを終え次第お知らせします」と表示されている(筆者撮影)

「ファクトチェックがまだされていない、疑わしい情報がある」という情報はコンフィルマ2022の6つの組織で直ちに共有され、得意分野や忙しさなどに応じて割り振られ、ファクトチェックが進められることになります。

質問に対するファクトチェックが終わり次第、「先日のファクトチェックの結果は○○」というメッセージが返信されます。

デモ画面では「新型コロナに対する抗ウィルス薬の2種類めの認可って正式に下りていたっけ?」という質問でした。いったん「答えはない」とのメッセージの後、「FDA(米食品医薬品局)から2種類めの認可が下りたというニュースがあったよ」とプッシュで返信が送られてくる、という仕組みです。

後日、ファクトチェックの結果や記事のリンクなどが返信の形で届く(筆者撮影)

ティップラインで質問されたが、調査中のものはネットワーク上で管理され、ファクトチェックが完了したものから、質問した人に返信を送るような形で運用されていました。

新しいユーザーにもリーチ

コンフィルマ2022では、2022年9月1日から11月15日(投票日の2週間前)までの間に38万7千件以上のティップラインでの問い合わせがあり、1万5千件以上のファクトチェックの結果を送信したということです。

おおまかな傾向として、TSEの方には投票の方法のような手続きについて、テキストでの短い問い合わせが83%を占めた一方、各メディアには映像や画像が6割近くを占め、不正や込み入った問題など、より長文の内容についての問い合わせが多数、メディア同士で同じ問い合わせがあるということは、あまりなかったということです。

ヘイルによると、プロジェクトの成果は以下のようなことでした。

1)それぞれのメディアが別々にファクトチェックをするよりも、多くのユーザーの注目を集め、新しい読者にリーチすることができた。
2)新たなユーザーを獲得することで、ファクトチェックが必要なミスインフォメーションの分野を特定、分析することができた。

ミダンは、メンタルヘルスのエキスパートもスタッフの中にいて、攻撃的なディスインフォメーションで心理的なダメージを受けた人のケアもカバーする態勢まで取っています。

多言語に拡大へ

ヘイルによると、ミダンは世界にネットワークを拡大しています。ティップラインでのチャット形式で、回答を得られるような仕組みを、英語やスペイン語以外にも拡大しつつある、ということです。現在世界で32のメディアが提携しています。

ミダンと提携するメディアのネットワーク(筆者撮影)

ヘイルの妻は日本人で、彼自身も日本で英語を教えていたこともあり、日本語のしくみにも理解があります。日本語という、英語などと語順が大きく異なり、活用などもイレギュラーな特異な言語を導入することも「可能ではないか」、ただし、時間がかかる可能性もあるということです。

すでにインドでも使われている(筆者撮影)

ニュースメディアにとって、ファクトチェックはなかなか「カネにならない」一方、特に重要な選挙などでは、「民主主義を守るため」に採算を度外視して取り組む、社会的な責任が伴うものです。

必要になったときの「備え」のために日本のメディアもそろそろ共同で、「未来の投資」を本気で始める必要があるのではないでしょうか。

その1 後編に戻る  その3に続く




著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
1964年生まれ。上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。