フェイク情報に悩む台湾、2019年はファクトチェック元年に【野嶋剛】


 中国語で「ファクトチェック」は「事実査核」という。そして、フェイクニュースは「偽新聞」だ。2018年は、台湾にとって「事実査核」と「偽新聞」が社会の表舞台に登場した1年であり、2019年は取り組みが現在進行形で本格化している。

 台湾のファクトチェック体制構築が始まったのが2017年だ。メディアのOBや大学のメディア研究らが中心になって検討委員会が結成された。当時、筆者の知人である検討委員会のメンバーから、日本のファクトチェック体制について質問され、FIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)の資料を送ったのを覚えている。

 検討委員会で議論を重ねた末、2018年4月19日に「台灣事實査核中心(台湾ファクトチェックセンター)が開設された。同年7月31日には公式のウェブサイトもスタートして同時に最初のファクトチェック事例も紹介された。

 この最初の事例は、台湾の医療機関のトップである黄医師が、CTスキャンが人体に悪影響を及ぼすので、あまり検査を受けない方がいいと述べているという内容の情報が主にLINEのネットワークで流れていたことについて、ファクトチェックを行ったものだ。同センターのスタッフが自ら黄医師に聞き取りを行って事実確認を行い、「部分的間違い」と判定されている。

 同センターでは、ファクトチェックの結果を「間違い」「部分的間違い」「正確」「事実明確化」の4タイプにわけて公表しているが、この記事は「部分的間違い」と判断されている。台湾ではフェイスッブックもLINEも盛んに利用されているが、事実関係の怪しい情報はまずフェイスブックよりも閉じたグループで利用されているLINEを通して広がるとされている。

 同センターは国際ファクトチェック・ネットワーク(International Fact-Checking Network=IFCN)が制定するファクトチェック綱領(code of principles)に署名し、2018年11月、同団体の53番目のパートナーとして認められた。今年5月末までの10ヶ月間に、同センターでは98件のファクトチェックを完成させている。。

 同センターの知名度が特に上がったのが、2018年9月、日本の関西空港が舞台となった偽情報・偽ニュース問題であった。当時、台風に襲われて空港に多くの国内外の乗客が閉じ込められたが、その際に、台湾で「中国の大阪領事館が中国人客のために関空にバスを派遣して乗客を救出した」という情報が流れた。台湾の窓口「駐大阪経済文化代表弁事処」が台湾客との電話対応で不備があったとの情報も加わって台湾で大きな話題となり、大阪弁事処を非難する大手メディアの報道や評論家のコメントも相次いだ。

 その結果、プレッシャーに耐えきれなくなったとみられる同弁事処のトップが自殺するという悲劇もあり、台湾では高い注目を集めたが、同センターのファクトチェック(FIJも調査に協力)により、中国の領事館が関空にバスを派遣したという情報は偽情報・偽ニュースであることが判明した。

 そのファクトチェックが注目されたこともあり、ウェブサイトへのアクセス数も急増した。現在、フェイスブックのフォロワーは1万人を超えている。いまのところ、1ヶ月に約10件のチェックをアップしている形である。

 最近では、外部団体との協力関係の構築に動き出している。同センターが最も力を入れているのは、報道機関やSNSのプラットフォームとの協力関係を構築することだ。2019年2月16日には台湾のニュースサイト「Yahoo奇摩」、2019年3月にはLINEと、それぞれ協力協定を結んだ。台湾の地上波「中華テレビ(華視)」は共同で「打假特攻隊(フェイク撃退チーム)」を成立させ、ファクトチェックを広げていく試みを続けている。

 台湾では、メディアの数が人口規模に比べて多く過当競争になっており、日々粗製乱造されながら流通しているニュースの中には、取材者の事実確認が甘い内容もかなり含まれていることが、かねてから指摘されてきた。

 台湾社会でメディアに対する信頼度は日本に比べても相対的に低いとみられており、信頼回復が急務とされている。同センターはまだ動き出したばかりであるが、その活動は台湾社会全体にインパクトを与えており、2020年1月に4年に1度の行われる総統選挙も絡んで、2019年は台湾のファクトチェック元年になりそうだ。

著者紹介

野嶋 剛(Nojima, Takeshi)

1968年、福岡県生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、政治部記者、台北支局長、朝日新聞中文版編集長、アエラ編集部などをへて、2016年フリーに。中国、台湾、香港、東アジアなどの国際情勢を中心に執筆活動を行なっているほか、日本、中国、台湾のメディアでコラムを多数持っている。「タイワニーズ  故郷喪失者の物語」「台湾とは何か」「ふたつの故宮博物院」など著書多数。