Global Fact 9レポート(2) 陰謀論の生態系:「鳥は本物じゃない」運動が問いかけるもの


グローバルファクト9に登壇したピーター・マッキンドー(向かって右・筆者撮影)

世界で活動するファクトチェッカーの世界会議、「Global Fact 9(グローバルファクト・ナイン、以下『GF9』と表記)が6月22日〜25日にノルウェーのオスロで開かれました。新型コロナウィルスのため、3年ぶりの対面も含めたハイブリッド開催となりました。

ミスインフォメーションやディスインフォメーション対策、テクノロジーの活用やスキルの習得、メディアどうしやプラットフォーム企業との協力など社会的な基盤づくりなどについて、60近くのセッションが開かれました。

その中からピックアップした、いくつかのポイントを解説します。

2回目は、4日間のセッションでただ一人の、珍しいゲストの話です。彼はファクトチェッカーでも、ジャーナリストでも、メディアの研究者でもありません。

というか、彼の職業は何なのかよくわかりません。ニューヨークタイムズは「クリエーター」と紹介しています。

しかし彼の生み出した「作品」は、ディスインフォメーションやファクトチェックを考える上で、大いに考えさせるものです。

「私たちは監視されている」

2022年6月24日、朝イチのセッションに現れたピーター・マッキンドーは不機嫌に見えました(演技なのですが)。

「世の中は、我々の評価を誤っている。『陰謀論者』ではなく、事実を伝える組織だ」

「やつらはどこまで徹底して、それをやっているか、君たちは理解してないだろう。昨夜、一杯飲み直して、良い気分でホテルに帰ろうとしたら、視界の隅に小さな視線を発見した。おそらくあれはノルウェー政府が開発した『ドローン鳥』だ。しかし、それは監視目的のものではない。おそらく100くらいの攻撃用ドローン鳥、暗殺用のドローン鳥だ」

「昨夜の帰り道、ハチドリのドローンに命を狙われた。針山に針を刺すように一直線に飛んで来て、くび元を狙われたが、すんでの所で逃れた。クラヴマガ(護身術の一種)を習得しておいてよかった。とにかく空を信用してはならない(会場から笑い声)」

GF9の「Birds Aren’t Real」紹介ビデオより(筆者撮影)

これは「Birds Aren’t Real(鳥は本物じゃない)」という「運動」(「作品」)です。(どんなものかは、その記録や関連動画が見られる YouTubeチャンネルを見ると、だいたいわかります。)

(註:これは「設定」の説明です)アメリカ政府は1970年代から、2001年に愛国者法(当時のブッシュ政権が、テロリスト摘発のために電話の盗聴などの手続きを大幅に簡略化しました)が成立するまでに、空を飛ぶ鳥を全て殺して、監視用のドローンに作りかえ、今や120億機以上が、私たちの常時監視をしている。大変だ!みんな目を覚ませ!と訴えるものです。

5分あまり、このような「狂った陰謀論者」を演じ続け、「なんでこんなものを作ったの?」と聞かれ、「どっちのオレが答えればいいの?」とコメントして爆笑を誘い、ネタであることをカミングアウトしました。

Z世代が熱狂的に支持

「鳥は本物じゃない運動」が始まったのは約4年前、ソーシャルメディア使いに長けたZ世代に急速に拡がりました。フェイスブックのグループには約11万人が参加、 ツイッターは11万人以上、インスタグラムには40万人以上、ティックトックにも約85万人のフォロワーがいます。

いくつかの動画を見るとわかりますが、「ここまでやるか」というほど、現実にある何かの運動に似せています。大学のキャンパスでハンディスピーカー越しに「おまえら目を覚ませ!」と絶叫しても誰も関心を示さない街頭キャンペーンに始まり、「鳥は本物じゃない」という街頭広告ボードを購入して実際にかかげ、ローカルニュースに取り上げられ、若者を集めて各地でデモを行い、「鳥は本物じゃない!」というプラカードとシュプレヒコールで繁華街を練り歩きます。

マッキンドーは「鳥は」のスローガンを大書した大型のワゴン車を購入、「支持者」の集会ではそれを真ん中に停め、上に乗ってアジテーション演説をします。鳥の描かれた旗を燃やし、ツイッター社に鳥のマークをやめるように、サンフランシスコの本社前で、実際にデモを行ったこともあります。

何かに似ている・・・

極めつけは、俳優などを雇って、実際のニュース映像のような「鳥は本物じゃない」とは何かを説明するウソニュースの映像や、「CIAを引退した老人」(という設定の俳優)が、「実は多くの鳥を殺した」と告白する暴露インタビュー映像などを実際に制作したことです。

大統領選のキャンペーンに似せた、マッキンドーが「大統領選に出るぞ!」と言うと、後ろにおそろいの水色のサインボードを持った支持者が大喝采する映像や、新型コロナウィルスに関する保健当局の記者会見を模して、屋外で白衣を着た人を従えた記者会見映像(しかし発表するのは、いつものドローン鳥の話)というのもあります。

何かに酷似していることに気が付くはずです。マッキンドーを紹介したニューヨークタイムズの記事は「Qアノンみたい」と評しています。「ディープステート」という陰謀論を信じ、一部は熱狂的なトランプ前大統領の支持者でもある、あの集団です。

マッキンドーも、おそらく心得ていて、陰謀論者がYouTubeでやるような、正体不明の科学者などがもっともらしく解説するような「トークショー」を定期的に催し、自らテンガロンハットをかぶって(トランプ支持者らに多い装い)出演しています。

マッキンドーの「運動」を紹介するニューヨークタイムズの記事(2021年12月9日)

「リアリティの根源」がわかってくる

映像をいくつか見ていると、「トンデモ論」だったものが現実味を帯びてくる仕組みが、なんとなく実感できます。

本気なのか、冗談なのかわからない「運動」が、街角に巨大な広告ボードを掲げたことで、本物のニュースで取材を受けてしまいます。「私は普通の市民だ。朝起きて仕事に行くし、車も洗う」と大まじめに答え、それが報道されます。

ニュースショーで「これは・・・パロディなんでしょ?」と司会者に聞かれ、「失礼な質問だね」と返答し、司会者が困惑、「支持者」は「最初は誰も見向きもしなかった」ことを思い出し、団結の大切さを実感するところまでそっくりです。

「ニュースに取り上げられた」ということで、かえって「権威付け」がされて、信用を獲得してしまいます。

陰謀論は時に、詳細が必要以上に具体的に語られるという特徴もあります。科学的につじつまが合わないこともしばしばですが、自信たっぷりに詳しく説明されると、「実際に起きたこと」だと錯覚を起こしやすいからだと思われます。

マッキンドーがGF9の会場で、ノルウェー政府によるハチドリ・ドローンで首を狙われた話にくすくす笑いが起きていたのは、そのような構造を利用して、もっともらしい具体的な設定を、彼が詳細に語り始めたからなのです。

そして、重要なのは、「この運動に加わったZ世代の若者は、誰も鳥がドローンだと思っていない」とマッキンドーが断定していることです。

これは「パロディ」なのか

マッキンドーは、この「運動」を偶然の産物だと言います。2016年、トランプが大統領に就任した直後、テネシー州メンフィスの友人宅に泊まりに行っていた時、偶然、トランプに反対する女性の大デモ隊と遭遇、「自分も何かしたい」と思いたったということです。

それで、目立つよう3語のスローガンとして「Birds Aren’t Real」をサインボードに書いて、デモ隊の中に紛れ込みました。その時は意味など何も考えていなかったそうです。

そうしたら、デモの参加者から「それはどういう意味だ?」と何度も質問され、とうとう地元のテレビ局にまで取材されてしまい、半ば勢いで「1970年代から鳥が大量に殺されて・・・」というトンデモ論を話したところから始まったとのことです。

それから約3年、彼は「トンデモ陰謀論の伝道師」を演じ続けました。彼の育ったアーカンソー州はキリスト教原理主義と共和党系の保守派が強く、人種差別も根強い地域です。彼自身も子供の時から「地球ができてから、実は5000年しかたっていない」とか、「オバマは反キリスト教主義者だ」などの陰謀論を聞かされ、周りの大人たちが本気で信じているのを目撃してきた経験が、役に立ったと語っています。

ここ半年ほど、彼はいろいろなメディアの取材を積極的に受けるようになり、タネあかしを始めました。しかし、それまでは、彼のことを本物の陰謀論者だと勘違いして、1年以上密着取材をしていたローカルテレビ局もあったということです。

メディアリテラシーの教材か

マッキンドーは、タネあかしした後の、気が楽になった心境を、以下のようにに語りました。

「ウェブサイトを2分くらい探索すれば、これがネタだということは、すぐにわかる。これがジョークだって理解してくれる人が増えて、安心している」

「これで得た教訓とは、ネットを見ている人の大部分が、2分以上、きちんと調べてくれないことだね」

どのように手を替え、品を替えて陰謀論が届けられるのか、というパロディを本気で続けていたら、情報の受け手となる人たちが、きちんと情報を確認する手続きをとっていないという、陰謀論やディスインフォメーションが伝わるグロテスクな構造まで、浮き彫りにしてしまったのです。

思いつきのジョークが、なぜ、バイラルに拡散する「運動」にまで成長したのかを考えるのは、ネット、スマホ時代のメディアリテラシー教育では、けっこう大切なことかもしれません。ニューヨークタイムズには、「Learning Network(学びのネットワーク)」という、記事を読んで社会を考える教育プログラムがありますが、その中でこのような考察の課題も出されています。

人々がつながるために

しかし、Z世代の受け取り方は、リテラシーの技術的教訓というより、もっと精神的な、助け合いの確認のようなもののようです。

2018年にフロリダ州パークランドで起きた、高校の銃乱射事件の被害者家族やトラウマを負った生徒らとつながり、銃規制の運動を支援してきた21歳の女性が、この「鳥は本物じゃない」運動に参加しています。彼女のコメントが、ニューヨークタイムズに紹介されています

「パロディって、ちょっと考えるのをやめて笑えるよね。こんな厳しい世の中だから、誰も傷つけないで笑えるって大切なものなの」

マッキンドーも、「鳥は本物じゃない」が、風刺と思考を促す記録を提供するフォーラムとして継続することを願っているとコメントしました。

「過去20年に何が起きたか、誰も説明できないし、これから20年、何が起きるのか、誰もわからないんだ。この鳥のはなしは、みんなに恐るべき陰謀論と『ポスト・トゥルース』と、狂気の世界に突入する前の準備のようなもの。心のブラックホールを感じてトラウマを感じる代わりに、ちょっと笑うためにあるんだ」

「ミスインフォメーションの大吹雪を逃れるシェルターを作って、集まり、一休みして、笑い合うことが必要だと思う」

彼の「運動」は幸運なことに、誰も傷つけることなく、思わぬ形で人々に陰謀論など、現代社会の病理を考える、絶好の機会を提供しました。しかし、このような「教材」は狙って作れるものでもなさそうです・・。

ともかく、彼を招待した国際ファクトチェック・ネットワークも懐が深く、センスが良いではないか、と思ったセッションでした。

 

著者紹介

奥村 信幸(Okumura, Nobuyuki)

武蔵大学社会学部教授、FIJ理事
1964年生まれ。上智大学大学院修了(国際関係学修士)。1989年よりテレビ朝日で『ニュースステーション』ディレクター等を務める。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学教授を経て、2014年より現職。訳書に『インテリジェンス・ジャーナリズムー確かなニュースを見極めるための考え方と実践』(ビル・コヴァッチ著、トム・ローゼンスティール著、ミネルヴァ書房)。