《FIJ特別セミナー》韓国で進むファクトチェック【Japan In-depth】


【まとめ】
・早稲田大学で韓国のファクトチェック活動に関するセミナー開催。
・ファクトチェックは民主的な秩序を維持。
・日韓関係も事実に注目することが大事。

 

 NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)と早稲田大学次世代ジャーナリズム・メディア研究所は1月11日、近年韓国で広がるファクトチェック活動について早稲田大学でFIJ特別セミナー「韓国メディアで広がるファクトチェック」を開いた。

 セミナーでは、韓国のメディア界で急速にファクトチェック活動が普及した事情や、テレビでどのようなファクトチェック番組が放送されているのか、将来の日韓ファクトチェック協力の可能性などについて議論した。ゲストはチョン・ウンリョン氏(ソウル大学ファクトチェックセンター初代所長、元東亜日報記者)とソン・ヒョンジュン氏(全国言論労働組合首席副委員長、元KBS記者)。会場にはジャーナリストら80人ほどが集まった。

 前半はチョン氏が登壇し、韓国におけるファクトチェックとソウル大学ファクトチェックセンターの役割について話した。

 チョン氏は最初にGlobal Fact(世界のファクトチェック関係者が集う会議)を言及し、「ファクトチェックにおいて日韓で共有できるものがある」と述べた。2017年に大学とメディアのコラボによってソウル大学ファクトチェックセンター(SNUファクトチェックセンター)が設立された。第19代大統領選挙では提携した報道機関の中の12社と共に144件のファクトチェックに対して177件を検証し、結果として約半数の88件が誤りもしくは概ね誤りと判断した。

 ファクトチェックの問題として、ジャーナリストと読者の間にあるギャップが挙げられた。チョン氏によると、記者は自分たちですでにファクトチェックを行っているからこれ以上チェックする必要はないと考える一方で、読者は報道機関のファクトチェックをいい加減だと感じている。

 チョン氏は、今のファクトチェックは昔とは違うと説明した。「昔のファクトチェックは記事に誤りがないように先に確認していたが、今はインタビューの正しい内容を伝えるだけではなく、その内容が事実なのかどうかを追及することが重要である」と述べた。

 しかしチョン氏によると、既存メディアと検証対象となる人たちはこの考え方について反発している。チョン氏はSNUファクトチェックセンターが韓国の野党である自由韓国党から名誉棄損との告発を受けたことに触れ、裁判所の判決を引用してファクトチェックの公的意味を訴えた。ソウル南部地方裁判所が出した判決では「報道機関が根拠を持って公的な人の発言を批判することが、公的な人の発言がフィルターを通さず国民に直接伝わることよりも民主的な秩序の維持において好ましい」とされた。

 次にチョン氏は韓国では表現の自由や言論の自由を阻害するおそれがあるため、政府ではなく民間によるファクトチェックに関心が集まっている、と述べると同時に、国民のニュースに対する信頼度が低いことを問題視した。国別の信頼度ランキングでは、韓国は3年連続で最下位である。理由として、1987年に韓国が民主化した後、保守派と革新派の政党が交互に政権をとっていたため、新聞同士での激しいメディア戦争が起きた。それによって、メディアは二極化の緩和に貢献できず、議論の場としての役割を果たせなかったからだと述べた。

 さらには、2017年の大統領選挙において両陣営が互いに偽情報を流布したため、中立的な存在が求められ、このような状況下で、SNUファクトチェックセンターが発足した。

 チョン氏は、「SNUファクトチェックセンターの最大の関心はジャーナリストの間で合意可能な言説の規範は何か」ということだと述べ、ファクトチェックプラットフォームを提供することでクロス検証を可能にし、読者に独立した結論に達する機会を与えることができると述べた。SNUファクトチェックセンターの目的としてチョン氏は「事実に基づく議論を通じて健全な民主主義に寄与する」と語った。

チョン・ウンリョン氏 ⒸJapan In-depth編集部

 また、チョン氏はSNUファクトチェックセンターの経営について説明した。チョン氏によると、SNUファクトチェックセンターは韓国のIT企業ネイバーのトラフィックから得る広告収入の30%(約10億ウォン)の支援を受けている。アームズ・レングス法則を大事にしているため、ネイバーは出資以外の関与はしない。

 データ利用に関しては、アルゴリズムが読み取れる情報に変換するためメタデータを蓄積している。チョン氏によると、SNUファクトチェックセンターは1800件のメタデータを保有している。

 記者に対するディプロマ教育も行っている。海外のファクトチェックの規範と動向を理解するために2018年から研修を得た記者をGlobal Factに派遣した。IFCNなど海外のファクトチェック機関とも連携をとり、2019年にワークショップを行った。

 最後にチョン氏は、「ファクトチェックは再び事実性がジャーナリズムの重要な課題となった虚偽情報の時代において倫理を強化し、人々に向けて良質な情報を提供する公的な課題を遂行できる方法である」と述べた上、「言論の現場でファクトチェックを実践しながらファクトチェックの効果を高める必要がある。また、一般の人々とファクトチェックを共有できる方法に関する研究も継続的に行うことが必要だ」と述べた。

 後半はソン氏が登壇し、現場にいるジャーナリストとしてファクトチェックについて話した。ソン氏は、セウォル号事件によって既成メディアの信頼度が低下したが、2016年の朴槿恵元大統領のスキャンダル事件を経てメディアの重要性が浮上し、ファクトチェックに関する試みが広まったと述べた。JTBCは2014年から人気を得ているが、ソン氏は「この動きは、メディアが国民からの信頼を得るために始まった」と述べた。

 チョン氏と同様に、ソン氏も2019年のニュース信頼度に関する国別ランキングについて触れた。最下位になった理由として、ソン氏はメディアによる歪曲報道と虚偽報道が多いからと指摘した。ソン氏が示した海外との比較研究を見ると、韓国メディアの記事一本あたりの取材記者の平均人数は3.33人で、アメリカや日本と比べて少ない。また、韓国メディアは匿名で書いていることが理由の一つだと述べた。

 次にファクトチェックジャーナリズムが韓国社会に与えた影響について、第19回大統領選挙投票者調査結果が紹介された。ファクトチェック記事を読んで、4割が意向を変えたと答えた。変えた人の中で最も多かったのは中道の立場だった人たちで、極端に偏る人の変化は少ない。

ソン・ヒョンジュン氏 ⒸJapan In-depth編集部

 韓国におけるファクトチェックの改善点について、ソン氏は「量より質」と訴えた。代表的な例として、ソン氏は曹国前法務大臣の人事検証に関する報道が紹介された。去年、54社の報道機関が1か月で15929本の関連記事を書いた。しかしファクトチェック記事は15件しかなかった。ソン氏はこれに対して、「社会の葛藤が大きくなるのに、既成メディアは自らの役割を果たしていない」と批判した。もう一つ、ソン氏はファクトチェック自体が党派の主張のための道具に転落する危険性に対する懸念を表明した。

 自身の考えについて、ソン氏は第一に、メディア同士の共同作業によるファクトチェックが必要だと述べた。「記者も間違いや勘違いをする。メディア同士が記者の意見を共有し、根拠を確認できる手順を設けることが大事」だと述べた。ソン氏は各放送局に向けて、ファクトチェックチームの構築と展開を試みたが、現場の記者からの反対によって断念した。現在は各放送局がそれぞれファクトチェックチームを増員することで合意していると述べた。

 もう一つはユーザーを取り入れることだという。具体的にはメディアリテラシー普及とメディア改革の世論の拡大。例としてKBSが企画している「ジャーナリズムトークショー」が挙げられた。

 最後にソン氏は「日韓関係のために、韓国と日本のメディアがともにファクトチェックを行ってはどうか」と提案した。ソン氏によると現在の感情的な対立に意味はない。不買運動をするのは日本が嫌いだからではない。一種の防衛メカニズムで、自分を守る心理である。それは、日本ではなく極右の政権に対する防衛メカニズムであると述べた。ソン氏は「政治家が戦えるが国民は戦えない。韓国と日本の間の問題を抹殺するのはメディアの役割である」ことを述べ、日韓の記者が協力してできることはないかをこれからも考えていきたいと述べた。

 質疑応答では「ファクトチェックに取り組む際にメディア同士が争うことはないか」という質問があった。これに対してチョン氏は、「クロス検証においてメディアが全く異なる判定を出したケースは今まで1件しかないし、メディア同士が戦うことはまだない」と答えた。それに加え、チョン氏は以前SNUファクトチェックセンターの記者に「もし自分のファクトチェックの結果が覆されたらどうするか」と調査したことがある。その際、「自分が出した結論がほかの人によって覆されるおそれがあるというのは健康な緊張関係。自分はいつでもチェックを受ける準備はある」という答えに記者たちは一致したとチョン氏は述べた。

 次に、「ファクトチェック自体が信頼されるにはどうすればいいか」という質問に対して、チョン氏は「今までは読者より記者のほうが優位だったが、いまは読者が記者が書いた記事を評価する時代になった。記者はきちんとそれを認識しなければならない」と答えた。

 最後に日韓協力に関する質問もあった。チョン氏は「ファクトチェックが自国にとって不利な結果になる可能性もある。そのときは事実に注目する。メディアは事実に関して合意できる。だから日韓関係も同じ」と述べ、ソン氏は「内部情報によると韓日両国のメディア企業がそれぞれ日本駐在、韓国駐在の自社の特派員を集めてファクトチェックに取り組むチームを作るかもしれない」と述べた。

左から、チョン・ウンリョン氏、ソン・ヒョンジュン氏、楊井人文FIJ事務局長 ⒸJapan In-depth編集部

(トップ写真:会場の様子 ⒸJapan In-depth編集部)
(※ Japan In-depthより承諾を得て転載しました)

著者紹介

Japan In-depth編集部

ジャーナリストの安倍宏行氏(元フジテレビ解説委員)が2013年10月に立ち上げたニュース解説メディア。FIJの2017年総選挙プロジェクト、2018年沖縄県知事選プロジェクトにも参加し、ファクトチェック記事を発表している。