《一部誤り》ネット情報 「日本政府が112万トンの核廃水は太平洋への放出以外『他に選択はない』と認めた」?【Taiwan FactCheck Center】


(注:この記事は、Taiwan FactCheck Center(TFC)ファクトチェック記事(2019年10月2日発表)を許諾を得て翻訳したものです。翻訳の責任はFIJにあります。また、TFCの調査にはFIJも協力しました。他サイト等への転載を禁じます。)

【要旨】

あるまとめサイトに「日本政府が112万トンの核廃水は太平洋への放出以外『他に選択はない』と認めた」という文章が、変異した動植物の写真と一緒に投稿された。調べた結果、次のとおりとなった。

1.福島第一原子力発電所の「処理水」は、原発の敷地内で保管している。処理水は毎日発生し続け、貯蔵のスペースは2022年の夏頃に限界に至るという。

2.原田義昭前環境大臣は「個人の考え」だとした上で、「思い切って放出、希釈すると、いろんな選択肢を考えると、他にあまり選択はない」と述べた。しかし、汚染水と処理水の処分を所管する官庁は経済産業省である。日本政府も、現時点では処分方法がまだ決まっていないと表明した。

3.まとめサイトの記事に掲載された写真は、別の事件に関する写真であり、福島原発事故とは関係ない。

4.この記事に掲載された放射線物質汚染分布図という図は、津波波高図である。

したがって、この文章の内容は「一部誤り」である。

(訳注:「內容農場」はコンテンツファームだが、ここでは「まとめサイト」と表記する。ただし、日本の「まとめサイト」とは必ずしも同じではない)

(台湾ファクトチェックセンター作成、翻訳はFIJ)

【背景】

 まとめサイトの記事は「日本政府が、112万トンの放射線汚染水は太平洋への放出以外『他に選択はない』と認めた」と書いている。放射性物質は既に世界中拡散し、各地に影響を与えていると言及している。また、「ある報道によると、2016年までに、カナダ西海岸に生息するサケの体内から放射線物質セシウム134が検出された」とも指摘され、福島原発事故後に生まれたとされる、変異した動物、植物の写真も掲載されている。

図1:まとめサイト

【検証】

争点1)まとめサイトの記事が指摘した「福島原発事故の後、112万トンの核廃水が発生した」は事実か?

福島原発による廃水は、核廃水、汚染水、処理水という3つの種類に分かれる。説明は以下となっている。

核廃水:原子力発電所の通常運転によって発生し、放射性物質を含む水である。

汚染水:2011年福島原発事故が起こった当時、原子炉を冷やすため、送り込んだ水である。この放射性物質を含む汚染水は既に海に放出された。現在、原発を維持するため(訳注:使用済燃料と燃料デブリを冷却するため)、毎日汚染水が発生している。

処理水:一定の処理がなされた汚染水であり、一部の放射性物質が含まれるため、タンクに貯蔵している。また、東京電力が2018年8月30日に行われた公聴会の資料によると、福島原発から生じる処理水は毎年約5−8万トンである。

図2:東京電力の公聴会の資料によると、処理水の増加量は毎年5-8トン

 まとめサイトの記事にいう「112万トンの『核廃水』」とは「処理水」のことである。東京電力の報告書によれば、処理水とは処理された放射能汚染水である。処理水は放射性物質を含むため、タンクに貯蔵され、原発の敷地内に保管している。経済産業省の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」が2019年8月9日に発表した資料によると、貯蔵している処理水は約115万トンに達した。福島原発のタンクの「処理水」貯蔵容量は137万トンを確保する予定だが、2022年夏に限界に達するという。

図3:経済産業省「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」によると、福島原発のタンクの容量は137万トンを確保する予定だが、2022年夏に限界に達する

 したがって、まとめサイトの記事にかられた「福島第一原発の敷地に112万トンのストロンチウムを含む汚染水が貯蔵されている」「日本の福島原発の核廃水の容量は137万トンである」というのは、用語が一致せず、内容も厳密に正しくはないものの、数値はおおむね正確である。

争点2)原田義昭前環境大臣が「112万トンの核廃水は太平洋への放出しかない」と発言したのか?

 TFCがFIJの協力を得てファクトチェックを実施した。FIJには、原田義昭前環境相が退任前の2019年9月10日、個人の考えだとした上で、「思い切って放出、希釈すると、いろんな選択肢を考えると、他にあまり選択はない」と発言した会見の翻訳を協力してもらった。(内容の翻訳は添付資料1を参照)

図4:2019年9月10日、原田義昭前環境相の会見

 菅義偉官房長官が同じ日に記者会見で、「現時点で処分方法を決定した事実はありません」と説明した。(詳報の翻訳は添付の文章二を参照)

図5:菅義偉内閣官房長官の記者会見。首相官邸のウェブサイトより

 また、放射能汚染水と処理水の処分を所管する官庁は経済産業省である。

 台湾の経済部の駐日経済文化代表処が2019年10月1日に<日本政府が福島第一原発の「処理水」の処理を検討中>という情報を出し、経済産業省「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」の資料を以下のようにまとめた。

日本政府はこれまで、地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設などの処分方法を検討している。東京電力は「処理水」の海洋放出と水蒸気放出を実施した経験があり、今後国民の不安や反対を減らす方法をいくつか検討している。(1)トリチウム濃度の低い水から順次放出し、高濃度の水は放射能の減衰を待つ。(2)トリチウム以外の核種は放出の際の規制基準を満たすまで二次処理を行う。(3)サンプルタンク放出前に第三者分析を行う。(4)放射線モニタで異常値を検出した場合、放出を停止する。(5)海水や空気にて希釈する。(6)海水のモニタリングで測定し、測定結果を公表する(水蒸気放出はモニタリング測定がない)など。ただし、どの方法を使うのか、日本政府はまだ決定していない。

争点3)現時点では福島原発による汚染水が人体と動物、植物に影響を与えたと証明する研究はあるのか?

 TFCは、台湾放射線安全促進理事長、台湾大学生物科技大学院の蔡孟勳教授を取材した。蔡孟勳氏によると、2011年の福島原発事故の時、原子炉を冷却するため注水して出てきた放射性物質を含む汚染水は、既に海に放出された。海洋生物に影響を与えた可能性は高い。しかし、大型回遊魚は海の至るところを回遊するため、各国が連携した科学研究プロジェクトが必要だ。海洋動物の体内に含まれる放射性物質の種類や量についての大規模な調査をすれば、汚染水の影響が明らかになると説明した。

争点4)「2016年のある報道によると、カナダ西海岸に生息するサケの体内から放射線物質セシウム134が検出された。中国の中央テレビ(CCTV)も報じた」は事実なのか?

 TFCが、CCTVが2016年12月22日に発表した報道の映像を調べたところ、カナダのビクトリア大学地球海洋科学学部のジェイ・カレン(Jay Cullen)教授が、「我々は詳しい研究をする予定です。我々の方法は、体内に『セシウム134』が含まれる生物を探すことです。もし、ある魚の体内から『セシウム134』が検出されたら、福島原発の影響を受けたと推定できます」といった。しかし、ジェイ・カレン氏は、当時のカナダ西海岸に生息するサケの体内からセシウム134が検出されたとは言っていなかった。

図6:左側はまとめサイトより、右側はCCTVの報道より

争点5)この投稿は「国際組織が福島原発近くの海で測定した結果:原発周辺の海に含まれる放射性物質は他の水域より高い」と指摘して、放射性物質の分布図も掲載しているが、これは本当なのか?

 TFCが台湾の中央気象局(訳注:気象庁に相当)の海象観測センターに聞いた。気象局海象観測センターの分析の結果、この図は2011年3月11日の東日本大震災による津波の最大波高図であり、情報源はアメリカ海洋大気庁であるが、放射性物質の分布を示したものではないことがわかった。

図7:左側はまとめサイトより。右側はアメリカ海洋大気庁より

争点6)投稿された何枚もの「放射性物質で変異した動植物」の写真は、本当なのか?

 この投稿には何枚も写真が掲載され、放射性物質で変異した動植物と説明した。TFCが調査したところ、次のとおりとなった。

(1)芽を吹いたトマト

 TFCは、緑色公民連盟の崔愫欣秘書長を取材した。崔愫欣氏は、この写真は福島原発事故が起こった2011年からネット上で流れているものだが、福島原発事故に関連する直接的な証拠はないと述べた。

 蔡孟勳氏は、放射線は動物や植物の遺伝子に突然変異を引き起こすが、他にも生物の体内、環境汚染物質、紫外線なども突然変異を引き起こす可能性があるため、たった1枚の写真でトマトの変異が福島原発事故の放射線による突然変異であると推測することはできないと説明した。

図8:まとめサイト

(2)変異したナマズ

 TFCは、台湾の国立海洋科技博物館副館長、国立台湾海洋大学海洋生物大学院の陳義雄教授に取材した。陳義雄氏は、この魚はフサギンポ属(Chirolophis)で、フサギンポ(Chirolophis japonicus)の特徴と似ている。ただし、この写真は頭部の特徴しか見えないため、フサギンポ属としか判別できないといった。

 陳義雄氏は、この写真の魚の触角は、この種類の魚の特徴だと指摘した。

図9:まとめサイトより

図10:フサギンポ/gettyimagesより

(3)大きなネズミ

 TFCは、画像検索ツールで画像を調べたところ、この画像は2013年3月から流れていることがわかった。英語のエンターテイメントサイトエイリアンニュースサイトでは、この画像が「イランの首都テヘランが巨大ネズミに遭遇した」というニュースに掲載されており、福島原発事故との関連は書いていなかった。

図11:左側はまとめサイトより。右側はエンターテイメントサイトより

(4)2つの顔を持っている猫

 TFCが調べたところ、この猫の写真は2014年12月6日に《ニューヨークポスト》に掲載された。報道によれば、猫は15歳で癌で死亡した。つまり、この猫は1999年に生まれ、福島原発事故より早い。

図12:まとめサイトより

図13:ニューヨークタイムズに載った写真より

(5)奇形のカエル

 TFCがネットで検索したところ、この写真は2010年、福島原発事故の前からネットで流れていた。《中国寧波網》の「飲食店で奇形のウシガエルが頻繁に見られる 専門家が食べないで呼びかけている」という報道には、「この前に、7つの足をもつウシガエルが送りました。昨日送った20以上のウシガエルのうち2頭に3足のウシガエルがいました… 奇形のウシガエルが頻繁に出ることについて、寧波の飲食店のオーナーである葉氏は、深く不安を感じている」と書かれていた。

図14:左側はまとめサイトより。右側は報道より

(6)各メディアが報道した放射性物質汚染で変異した魚の写真

 TFCが調べたところ、この写真は2017年9月14日にハフポストに掲載された、ロイターの加藤一生(ISSEI KATO)という記者が撮った写真である。この写真の説明文には、「71歳の新尾達雄(Tatsuo Niitsuma)が福島第一原発の南側、約25キロメートル離れた広野町の近くで獲ったアイナメ(greenling)」と書いていた。この魚に何らかの変異があるとは書いていなかった。

図15:左側はまとめサイトより。右側は報道より

 TFCは、画像検索ツールを使って調べたところ、この写真は、写真家のグレイグ・バナー氏(Craig Banner)が2004年に発表した「成熟の春のマスノスケの唇の腫瘍(Tumors on lips of adult spring Chinook salmon)」であり、福島原発事故よりも前のものだった。

図16:まとめサイトより

 TFCは、画像検索ツールを使って調べたところ、2012年1月26日に撮った写真で、英語のウェブサイト「gettyimages」にあった。この写真の説明文には「カブリロ海洋水族館のスタッフは、カリフォルニア州のロングビーチ港で獲った白いニベ(white croaker fish)が大きな脂肪腫を持っている原因を明らかにしようとした」と書かれていた。

【結論】

1.福島第一原子力発電所の「処理水」は、原発の敷地内で保管されている。処理水は毎日発生し続けており、貯蔵スペースは2022年夏頃に、限界に達するという。

2.原田義昭前環境大臣が「個人の考え」だとした上で、「思い切って放出、希釈すると、いろんな選択肢を考えると、他にあまり選択はない」と発言した。しかし、汚染水と処理水の処分を所管する官庁は経済産業省で、日本政府も現時点では処分方法が決まっていないと表明した。

3.まとめサイトの投稿に付いている写真は、別の事件に関するもので、福島原発事故とは関係なかった。

4.この投稿に付いている放射線物質汚染分布図という図は、津波波高図であった。

したがって、この文章の内容は「一部誤り」である。

添付資料1 原田義昭前環境大臣の発言の翻訳
(省略)
添付資料2 菅義偉官房長官の記者会見の発言の翻訳
(省略)